【9話】調和と別れ


自然が多く、岩肌があちこち露出している山の中腹で、ブローニャ達は、相手の盗賊7人と入り乱れるようにして格闘していた。その戦闘の最中、「―――…」デジャが短剣を片手に男と膠着状態になっていた。そこに、高速で空中を浮遊しながらナイフが飛んでくる。それが届いた瞬間、デジャは空いた方の手でそれを掴むと、目の前の男に斬りかかった。男が傷口を抑えながら膝立ちになると、デジャは男から距離を離した。そして、周囲を確認しながら移動すると、複数の武器を操作するチェリの背後へと回り込む。「悪いな。助かった。」「うん!」そしてすぐさま、別の男に向かって走り出した。―――その時、別の場所で戦っていたブローニャは、手にした剣を相手に弾き飛ばされていた。それに気づいたヘザーは、咄嗟に近くの大岩から剣を作り出し、チェリに呼びかけ合図を送った。「チェリ!!」「!」その意図を察したチェリは、石で作られた剣を勢いよく飛ばし、ブローニャの元へ送り届ける。「!」ブローニャは飛んできた剣を受け取ると、振りかぶっていた男の不意を突き、そのまま反撃に転じたのだった。その間、デジャとヘザーもそれぞれ相手を倒していた。チェリも、襲いかかってきた男を背後からナイフで刺し、その動きを封じていた。
――――「も〜〜〜!!なんでこう次から次へと邪魔が入るのよ!!急いでるのに!!」盗賊達を蹴散らした後、荷馬車で移動を始めた一行。だが日は既に傾き、夕方に差し掛かっていた。クレアと別れた後、ブローニャ達は盗人たちの後を追い、暫く平原を走っていた。その後、短い芝の生えたなだらかな丘とゴツゴツとした岩肌が入り混じる山脈を登っていた。すぐにでも盗人に追い付きたい気持ちだったが、その途中、羊の群れが道を塞いで通れなかったり、山崩れで遠回りを余儀なくされたり、登り坂で荷馬車を押す羽目になったり――…さらには子猫を連れた猫の家族に篭絡されたりと、幾度となく行く手を阻まれるのであった。「最後のは違うだろ。」
――――『見ろよアレ!!』『えっ!?ちょっと待って!!何アレ可愛い!!皆見て見て!!』『なんだ?猫か?』『こんなところに…。しかも随分な大家族だな。』『ね!ね!ブローニャ!!ちょっとだけ!!ちょっとだけ止まって良い!?』『お前なぁ…。』『猫なんてどこでも見られるだろ。』『何言ってんのよ!!あんな子猫の大群そうそう見ないわよ!ちょっとだけだから!!』『ったく、仕方ないな…。』―――『あ~~~~可愛い…♥こんな可愛い生き物が存在していいのか…♥』『はあぁ~~~~癒し…♥癒される…最高…っ…♥』『もふもふだな…。もふもふ…。』『連れて行きたいな…。こんな…こんなつぶらな瞳で見られたら…。』『ニャァ』『…!!!』キューン
――――「もうッ!!こんな調子で良いワケ!?こんなんじゃいつまで経ってもあいつらに追い付けないわよ!!も〜〜〜あの時!あの町で盗人達に追いつけてれば…!!私のせいか!!ごめんね皆!!」1人で喋りながらぐああと頭を抱えるチェリを、デジャとヘザーが冷静な目で見ていた。「なに1人で百面相してんだ。」「楽しそうだな。」「楽しかないわよッ!!」チェリに構わず、ヘザーは馬車を操作するブローニャに話しかける。「つーかよ、本当にこの道大丈夫なのかよ?さっきの坂道もそうだけどさぁ、見た感じ結構岩山っつーか…崖も多そうに見えるけど。」ブローニャはまっすぐと前を見たまま答える。「地元の住民達も日常的に馬車を走らせる道だと言っていたぞ。最初こそ急な坂道があるものの、この先は特に問題無いと聞いてる。」「それなら良いけどさ~…。」「それに、確かこの辺りに山小屋が…―――お、あれじゃないか?」ブローニャがそう言うと、3人も身を乗り出して前方を見る。「えっ!山小屋あんの!?」「ほんと!?やったぁー!!」「お前ら…さてはさっきの話聞いてなかったな?」「あははー…バレた?」「えへへ、おしゃべり盛り上がっちゃって♥」「全く…。」「結果、時間的にちょうど良かったんじゃないか。」「まぁ確かにそうだな。」ブローニャは笑いながら、山小屋近くで荷馬車を停車させた。「なんでも、登山者や旅人なんかも多く訪れるから、休憩所として誰でも自由に使えるよう解放しているらしいぞ。」「へ~~親切ね!」「すげぇ助かるな!」ディーンを繋ぎ、必要な荷物を手にすると、意気揚々と山小屋へと入って行った。「わ~~~結構良いじゃない!」「山小屋にしては広くね?」「おいおい…しかも暖炉とか火釜とか…鍋なんかもあるぞ。」「至れり尽くせりかよ…。」「デジャの腕の見せ所じゃん!!」「やかましい。お前も作るんだよ!」「クーン」そして皆で荷物を運び入れる。―――協力しながら晩飯を作り準備を整えると、いつものようにおしゃべりしながら食事を始めるのだった。「そういえばさぁ、なんでクレアにガラクタのこと話したんだ?今まで誰にも言ってこなかったのに。」ヘザーからのさり気ない問いに、ブローニャがスープを掬おうとしていた手を下ろし、真面目な表情で答えた。「…まぁ正直、説明するのがめんどくさい内容だった、ってのもあるが…。…これまでは、第三者に情報が漏れることで、不審がられて動きづらくなるのを避けたかった。何より、奴らに"追手の存在"を悟られるわけにもいかないしな。…だが、ヘザーとデジャの話を聞いて、敵は、私達が思っていた以上に強大なものかもしれないと思ってな。デジャの話からすると、ただでさえ規模の大きな組織が相手だ。それに対してこちらはたったの4人。もし万が一、その"組織"を相手にするのであれば、今の私達だけでは当然、太刀打ちできる筈もない。私達の力だけでは、手に負えない事態になる可能性だってある。…その時のために、少しでも"協力者"がいた方が良いんじゃないかと思っただけだ。」ブローニャの言葉に、3人も真剣な眼差しを向けていた。「…クレアは、信頼できそうだからな。」「…」デジャも記憶を辿る。こんな自分に対し、友好的に接してくれたクレア。警備兵達への態度や、国民のためと体制を変える柔軟さは、信頼に値すると言えるだろう。その後もしばらく話をしてから食事を終えると、後片づけをし、寝袋を広げて4人並んで寝転んだ。その居心地の良さに、チェリが冗談交じりに呟く。「皆でここに住んじゃう?」「何言ってるんだ。」それにブローニャが苦笑いしながら応える。「明日も早い。さっさと寝るぞ。」「はーい。」そうして皆、眠りについた。
――――翌朝。日が昇る前に目が覚めてしまったデジャが、むくりと起き上がる。隣で気持ちよさそうに眠るチェリとヘザーの寝顔を見て、思わず顔を綻ばせると、奥にいるはずのブローニャの姿が見当たらないことに気づいた。防寒をして外に出ると、崖の手前にある大岩の上に、ブローニャが座っていた。ディーンの頭を撫でながら、暁の美しい景色を眺めるその後ろ姿は、どこか儚げに見えた。デジャが近づくと、ブローニャとディーンが気づいて振り返る。「おはよう。」その顔は、いつも通りのブローニャだった。「おはよう。…眠れなかったのか。」「いや?起きるのが早かっただけだ。」「…そうか。」ブローニャの平然と述べる様子を見て、デジャはその隣に立った。「良い景色だろ。」「…そうだな。」デジャの目には、朝焼けの淡い橙に染められた空や山々が映っていた。同じものを見ながら、ブローニャは感慨深げに目を細める。「…あの城下町を出てから、色んなことがあった。」デジャは一瞬ブローニャを見ると、その後、同じような表情を浮かべて同調した。「…そうだな。」「…チェリとヘザーも、随分と強くなったもんだ。」「…あぁ。昨日の動きと視野の広さは見事だったな。」
――――旅を初めて少し経った頃にも、昨日と同じように多人数の敵に襲われた時があった。その時、ヘザーはいくらか相手に食って掛かっていたものの、戦い慣れしていなかったチェリは、見るからに右往左往していた。他へ気をとられ注意力が散漫になったチェリを、背後から敵が狙った。そんなチェリを庇い、ブローニャが軽く負傷してしまう。自分のせいだと青ざめたチェリの顔を、ブローニャは未だに忘れられない。その時のブローニャは、平気だと笑って言った。『歴戦の兵士でも庇い庇われというのはあることだ。気にするな。…だが、お前が単身で戦う時はこういうわけにもいかないぞ。自分の身を守れるのは自分しかいないんだからな。もっと四方に気を配れ。気配を逃すな。…まあ出来るなら、今度は助けてもらいたいけどな。』―――そしてその日の夜。焚火当番となったデジャとブローニャは2人きりで話をしていた。『お前、あいつらに甘いよな。悪いが教官には向いてないぞ。』デジャは教わった相手が相手だったため手厳しくしていたが、ブローニャはどこか甘さが捨てられなかった。『…わかってはいるんだが…。必死に努力してる奴にとやかく言えるほど、私もまだ一人前ではないしな…。』『…お前も、兵士の中じゃまだまだ小娘か。』『そりゃそうだ。兄さん達は未だに子供扱いしてくるし、まだまだ敵わないことだって多い。』『はっ。…まぁ、あいつらが努力してる、…っていうのは同意だけどな。』『…あぁ。チェリもヘザーも、十分頑張ってる。…ああいう奴らなら、自分が駄目だということは、本人が一番よくわかってるだろうしな。私達に出来るのは、その何が駄目だったのかを教えてやって、持てる知識や技術を伝授してやることだけだ。…ちなみに言わせてもらうが、お前だって結構甘いぞ。』『…そんなことないだろ…。』
――――「ヘザーは単身で敵と対等に戦えるようになったし、チェリは臆することなく戦場に立てるようになった。それに、2人とも視野が広がって、己が対峙している相手だけじゃなく、周囲の味方や敵の状況にまで気を配れるようになった。その上、瞬発的な判断力も向上している。状況を把握しながら、自分のすべきこと、出来ることは何か、瞬時に理解し、行動に移せるようになった。」「…あぁ。正直驚いた。元々2人とも、周りがよく見えるタイプだとは思ってはいたが…。敵と対峙しながら味方も配慮して、手を貸すなんて…。最初の頃じゃ考えられないな。」「…この前の町で警備兵に追われた時も、私が遅れているのに気づいたチェリが率先して引き付けてくれたしな。ヘザーも、子供が誘拐された時に私を助けてくれた。…いつでも武器を作れるように、素材だけは常に常備してるんだと言っていた。…2人とも、本当に…――――」ブローニャは感慨に浸るような眼差しで遠くを見つめた。すると、少ししてから目元を抑える動作をした。「泣くな泣くな。」チェリとヘザーの成長に感動を覚え、思わず目頭が熱くなるブローニャ。それを見て思わずデジャが笑う。「そんなことで泣くなんて歳だな。」「誰が年寄りだ!!」「そこまで言ってない。」無表情で突っ込んだ後に、デジャは口元を緩ませる。「…でも、気持ちは私も同じだ。」「!」2人の教官として、同じ気持ちを共有できた喜びにブローニャの胸が熱くなる。だが直後、ブローニャは何かを思い出すと、表情を陰りの帯びたものに変えた。「…どうした?」それに気づいたデジャがブローニャに問いかける。「…少しだけ、怖くなってきたんだ。」「…何がだ?」珍しく弱気なことを言うブローニャに、デジャは落ち着いた声色でその続きを促す。そんなデジャの優しさに甘えるように、ブローニャは心の内を明かした。「…あの"ガラクタ"が、命を賭けてまで奪い合う物だという事実がだ。」「!」「…"アレ"のために、デジャの両親や仲間達は殺され、ヘザーの姉も殺された。…そんな物を求めて、私達は今、道を進めている。…今後、今以上の危険が伴うことだって、当然あるだろう。」「…」「…この前、あんな宣言をしておいてなんだが…。…実を言うと、少し迷ってるんだ。…本当に、このまま進んでいいのかって。」「…」デジャはわかっていた。ブローニャは、己の保身ではなく、3人の身を案じて言っているのだと。ブローニャの様子が少し変だったのはそういうことか、とデジャは納得する。4人全員、それぞれ力を付けてきた今だからこそ、生まれてしまった選択肢。チェリとヘザーの成長は喜ばしい反面、危険に足を踏み入れる場面が増える恐れがあることも意味していた。ブローニャは、3人それぞれの、想いや、志をわかっているつもりだ。そしてそれは、他人が阻むべきではないということも。だが、ブローニャは冷静に立ち返って、彼女達のその想いや志と、命を、天秤にかけた時に、どちらを優先すべきか明白ではないかと気づいた。それは、年長者として、リーダーとして、そして仲間として、3人の命を預かる責任から生じる考えであった。そういったブローニャの想いも、デジャはなんとなくだが感づいていた。真剣に自分達のことを考えてくれた末の言葉であり、ブローニャの想いのすべてだと理解していた。だからこそ、デジャもどう答えるべきか迷っていた。「…ここに来て、少し後悔してるんだ。―――…あの2人を選んだことを。」だがそんなデジャでも、その言葉だけは受け入れられなかった。思わず、本能のままに口を突いて出た。「…何言ってるんだ。あいつらが聞いたら怒るぞ。」「!」これまで肯定も否定もしなかったデジャが、明確に否定をしたことに驚き、ブローニャは思わず顔を上げる。デジャはブローニャの前に立つと、真正面から向き合い、自分の本音を吐露した。「…あいつらだって、初めから危険は承知の上だ。それでもここまでついてきたのは、あいつらにも、あいつら自身の『やりたいこと』や『目標』があったからだ。それを果たすためなら――…自分の志を果たすためなら、危険がどうとか、命がどうとかなんてのは二の次の筈だ。…私がそうであるように。だからこそこれまでついてきたし、これからも突き進もうとしている。…悪いが、私達もガキじゃない。自分で物を考え、自分で選択して生きている。お前が選んだからとか、お前が言ったからとかは関係ない。全て自分で選んだ道だ。お前の意見に同意したのも、心からの本心からだ。あんまり舐めてもらっちゃ困る。」「…」「そしてあいつらも、悪党共が悪いことを企てているのなら、それを止めたいと思ってる。…ヘザーの姉や、私の集落で起こったような悲劇が、これ以上起きないようにってな。それだってあいつらにとっての『目標』の一つだろ。…それに、お前だって今さっき言ったばかりじゃないか。あいつらは強くなってる。体も心も。もう、ただで死ぬような奴らじゃない。…お前が言っていることは、あいつらの想いと、強さに対する、ある種の侮辱だ。」デジャの言うこともわかる。わかるが…。それでも私は―――と、意固地になっているブローニャに対し、デジャが肩の力を抜きながら呼びかけた。「…お前の私達に対する気持ちはわかってる。だから、最悪の事態にならないように、これから立ち回ればいいだけのことだ。――…4人でやれば、なんとかなる。」「!」ブローニャが驚いたように目を丸くして、デジャを見つめる。デジャは、これ以上のことは言う必要は無いと、山小屋の方へと足を進め始めた。だが、少し歩いた先で立ち止まり、振り返って再びブローニャを見た。「そんなに不安なら、本人達に直接聞いてみれば良い。…もう、そんな遠慮する関係でもないだろ。」「!」そして体の向きを戻そうとしたが、言い忘れた、とばかりにもう一度ブローニャに振り返った。「…あぁ、それから…」以前だったら恥ずかしがりながら言っていたであろう言葉を、デジャははっきりと、強い想いを込めて、ブローニャに届けた。「私はこの4人で良かったと思ってるし、お前についてきて良かったと思ってる。多分それは、あいつらも同じだ。」「…!」「…だから、さっきみたいなことは二度と言うな。…特に、あいつらの前ではな。」そう言うと、デジャは山小屋へと戻っていった。「…デジャ…。」ディーンと共に残されたブローニャの頭の中は、朝の陽に覆われていた。
―――――少し経ってからブローニャが山小屋に戻ると、デジャが朝食の準備をしていた。寝ぼけたチェリとヘザーを起こして、朝食を食べる。食べ終わった後に片づけをして、荷馬車に荷物を積み込むと、山小屋を後にした。しばらく進み、山間にある森の中へと足を踏み入れる。馬車の操作をデジャに任せ、ブローニャは荷台に揺られながら、デジャに貰ったアドバイスの通り、チェリとヘザーへ質問を投げかけるのだった。初めは驚いた顔をした2人だったが、視線を落とすと、しばし自分の考えを整理する。「…あのね、不思議と怖くないの。」先に口を開いたのはチェリだった。「『舐めてる』、とか言われちゃったらそれまでなんだけど…。―――私ね、3人とならなんとかなっちゃう気がするの。」「!」「確かに、もしかしたらこれまで以上に危ない目に遭ったり、どうにかしなきゃいけない場面に遭遇することもあるかもしれない。…怖い思いも、辛い思いもするかもしれない。でもね、3人がいれば、私、乗り越えられる気がする。私、もっと頑張る。もっと強くなる。だから、このまま行かせてほしいの。」「チェリ…。」「だって少なくとも、デジャとヘザーは事情が事情だし、どの道行く気なんでしょ?ブローニャだって、そんな2人をほっとける性分じゃないじゃない。だったら私も行かないと!」笑顔で言ってのけるチェリ。そして表情を緩めると、穏やかな笑みに変わった。「…私、ブローニャには感謝してるんだ。こんな機会がなきゃ、私は変われなかったし、変わるきっかけも見つけられなかったと思う。あの町で自分の情けなさを恨みながら、1人でずっと、悶々とうじうじとしてたかもしれない。―――…私ね、旅についてきて良かった!自分でも、段々強くなってるのを感じるの!色んな事がわかってきて、色んな事が見えるようになってきた!自信もついてきたし。―――…それに、3人にも出会えた。」その言葉で、ブローニャとヘザーの視線がチェリへと向く。「私、楽しいの!この旅が。声をかけてくれてありがとう、ブローニャ!色々教えてくれて、ありがとう。私、ブローニャがいてくれてよかった!」「チェリ…。」チェリの真っ直ぐなその想いに、ブローニャは胸にこみあげるものを感じる。すると、今度はヘザーが口を開いた。「…あたしも同じだ。」「!」今度はブローニャとチェリの視線がヘザーへと向く。ヘザーは俯きながら、己の拳を握り締めていた。「…ずっと、1人で頑張ってきたから…。…皆と会う前の私は、本当は…不安でいっぱいで、…寂しくて…。この先どうしようとか、そうやって悩む日も多かったんだ。…でも今は、皆がいて心強いんだ。…お前らといると、姉ちゃんが死んで足りなくなった場所が、…埋まるような感覚がする。」そう言って少し困ったように笑うヘザー。「…!」その笑顔と言葉に、ブローニャは胸が苦しくなる。だが次の瞬間には、ヘザーはいつもの気の強い笑みを浮かべていた。「あたし達は大丈夫だ、ブローニャ。だから、そんなこともう気にしなくていい。あとはもう、ただ前に進むだけだ。」「…ヘザー…。」チェリとヘザーの言葉に、ブローニャは逆に励まされることになった。そして2人はいつもの調子で話し始める。「大丈夫!私達、ただじゃ死なないわよ!泥水啜ってでも生き延びてやるわよ!」「それにお前が言ったんだろ?『正攻法じゃなくていい』ってさ!やりようはいくらでもあるんじゃねえか?」「取りあえず情報集めて、いつもみたいに策練ればいいじゃない!ま、本当にヤバそうだったらその時は逃げるけどね!」「あはは、そうだな!臨機応変にだな!」「そういうこと!」そう言って笑う2人の声を聴きながら、デジャは笑みをこぼす。そして、ブローニャも笑った。「…杞憂だったみたいだな。」するとチェリとヘザーも困ったように笑った。「全く、本当よ!」「そういうことは1人で悩んでないで言えよな!」そう言って2人がブローニャを両端から小突いていた時だ。「!」馬車後方に何かを発見したチェリ。「…?何アレ…。」それに気づいたブローニャとヘザーもその視線の先を追う。馬に乗った人が数人、こちらに向かって駆けて来ていた。「―――!!」そしてやがてその正体に気づく。「おいブローニャ、まさかアレ…、」「…あぁ…。」「え?」「デジャ!」「!」「スピード上げられるか?」「どうした。」「おそらく、前に荷馬車を襲ってきた野盗達だ。後方から来ている。」「!」「はあ!?えっ…でもアレって確か、城下町出てすぐのところだったわよね!?こんなところまで追ってきたっての!?」「…わからないが、同じような装束を着てる。」「いやいや…そんな、ありえないでしょ…!」「…もしかしてさ、盗人達とか、悪党共の仲間…とか…。」「…!」「―――…。」デジャはディーンを煽り、走る速度を上げさせた。するとこちらに合わせるように、野盗たちもさらに速度を上げて追ってくる。「…やはり、私達が目的か。」「…」だがその時。「―――!!」「えっ!!」馬車が走る前方に、突如野生の鹿が飛び出してきた。「ッ!!」デジャは咄嗟にディーンの手綱を引く。ディーンは激しく嘶きながら、突如その方向を変えた。驚きパニックになったディーンは、道を外れながらそのまま走り抜けていく。「えぇッ!?ちょっ…待って!!」後ろでは、野盗達が立ち止まり、ブローニャ達が森の中を走り抜けていく様を見届けていた。「…」――――「クソッ…!!」「ディーン!!落ち着け!!」「やばいやばいやばい!!!」「お願いディーン!!大丈夫だから!!止まって!!」やや下り坂となった道なき道を走り、ガタガタと荷馬車が激しく揺れる。ブローニャ達は振り落とされないようしがみつきながら、なんとかディーンを落ち着けるため声をかける。が、届かない。野盗達の姿は見えなくなったが、最早それどころではなくなっていた。早く止めなければと思うものの、何をやってもディーンは言うことを聞かなかった。「…まずいぞ…!」デジャの言葉にブローニャも嫌な予感がした。道の先は森の終わり。だがそこは、「―――…ッ森を抜けたら、全員すぐに荷馬車から飛び降りろッ!!」「!!」ブローニャの必死の形相に、全員只事ではないと察する。「ディーン!!頼むから止まってくれ!!」デジャも必死に呼びかけるが、速度を落とすことなくディーンは突き進む。そして、「…!!」チェリは、その先に道が無いことに気づいた。成す術もないまま、荷馬車は森を出る。「今だ!!降りろッ!!」ブローニャの合図で全員がそれぞれ荷馬車から飛び降りた。ブローニャ、ヘザー、デジャ、そしてチェリの順で飛び出し、草むらを転がる。「ディーンッ!!!」すぐさま起き上がり、ディーンの行き先を見る。ディーンは崖の手前で道が無いことに気づくと、嘶きながら、急遽右手側へ進路を変えた。なんとか落下は避けたものの、勢い余った荷馬車が遠心力で崖側へと傾く。それを見たチェリが小さく悲鳴を上げた。「…ッ!!」すぐさまブローニャとデジャがディーンの元へ駆け寄る。荷馬車の後輪が崖の淵にかかってしまったこともあり、その重みで後方へと引っ張られる。ディーンは何とか耐えようとするが、重さにどんどん引きずられていく。「ディーンッ!!」ディーンの元へ辿り着いたブローニャとデジャが、すぐさまハーネスを叩き切った。その途端、支えの無くなった荷馬車は、あっという間に崖下へ落ちていってしまった。チェリとヘザーがほっとしたのも束の間、ブローニャとデジャがディーンを落ち着けようとしていた。ディーンは先ほどよりも更にパニックに陥り、その場で暴れて手を付けられない状態になっていた。そして―――ブローニャ達が手綱を握ろうとする手をすり抜け、そのままどこかへと走り去っていってしまった。「!!」「ディーン!!」「ディーン!!戻って!!!」その後を追いかけようとするチェリの腕を、ヘザーが掴んで止める。「駄目だ!!こんなところではぐれたら迷子になっちまうぞ!!」「でもディーンが…ッ!!」ディーンが去っていった先を、4人はしばらくの間、ただ呆然と見送っていた。
――――「…」ブローニャが崖下を覗き込むと、破壊された荷馬車が遥か下の地面に落ちていた。そこはとてもではないが、人が踏み込めそうな場所ではなかった。「…取りに行くのは厳しいな…。」「となると、このまま先を進むしかないか。」「…そうだな。アレは捨てて行こう。」「…雨が降ってきそうだぜ。」ヘザーの言葉に、上空を見上げるブローニャとデジャ。そこには重い鉛色をした曇天が広がっていた。「…一先ず、雨を凌げる場所を探そう。」そう言って歩き出したブローニャに、デジャとヘザーも付いて行く。「チェリ、行くぞ。」ディーンが走り去った先を見つめていたチェリに、ヘザーが呼びかける。「…うん。」――――「運が良かったな。」少しばかり歩いた先で、ブローニャ達は幸運にも洞窟を見つけることが出来た。雨が降り出したため、中で一度休憩することにした。「結局荷物は何が持ち出せたんだ?」「…すまない。私のカバンくらいだな。例の地図と、金貨だけはと思ってこれだけ確保した。…とはいっても、金貨だってもうそれほど残ってはいないが。」「食いもんも、調理器具も、テントも寝袋も武器も、全部無くなっちまったのか…。」「…まぁ仕方ないさ。命があっただけ儲けもんだと思っておこう。」「そりゃそうだけどよ…。」「…」ふとブローニャは、しきりに外を気にしているチェリに気が付いた。「…チェリ、」ブローニャの呼びかけにチェリが振り返る。「…雨が上がったら、一度探しに行ってみよう。この分ならすぐに止むだろう。」「!」「…ブローニャ、」「…わかってる。」そんなことをしている時間はない筈だった。急ぎ盗人達の後を追わなければならない。しかも、先ほどの野盗もまだ近くにいるかもしれなかった。だが、ディーンを置いてこのまま先へ進むことなど、出来る筈がなかった。遥か遠方のこの地まで辿り着くことが出来たのは、紛れもなくディーンのおかげだ。坂道も、足場の悪い道も、雨の日も風の日も、野盗に追われた時、悪漢に襲われた時も、ディーンは反抗することなく、従順に4人と共に頑張ってきてくれた。そのおかげで、ブローニャ達は体力を温存することが出来て、常に万全の状態で事態に対応することができた。何より、この数週間にも渡る旅の中で、ディーンは4人に懐いてくれていた。そんなディーンを4人も大層可愛がっていた。仲間の一人として、このまま放っておける筈が無かった。「…うん…!」そして数十分後、雨は止んだ。4人は洞窟を出ると、はぐれないようにしながら、周辺を捜して歩く。「ディーン…、ディーン!!」声を上げながら探すが見つからない。どこまで走って行ってしまったのか。手がかりが無ければ、行き先もわからない。雨の後のひんやりとした空気に、1人で寂しがっていないかと不安になるチェリだった。
――――それから数時間、自生していた木の実や果実等を食べて栄養補給をしつつ、手分けしてディーンを捜索したが、結局見つかることは無かった。「ったく、どこまで行っちまったんだ…。」「…」デジャはブローニャに近寄る。デジャの視線に気づき、ブローニャも険しい顔で決断する。空を見ると、日はもう既に傾き始めていた。「チェリ。」3人に背中を向けながら、森の奥遠くを見つめるチェリに、ブローニャが呼びかける。「…悪いが、先に進もう。」ブローニャも苦渋の決断だった。「…このままだと、私達の身も危ない。」ディーンだって大切な仲間の1人だった。だが、馬車を失い、生活用品も失い、山奥で道を見失った今、ここに留まるのは危険であることに間違いなかった。「…ディーンがここまで運んでくれたからこそ、私達は私達の目的を果たさなきゃならない。」そんなものは建前だ。とは思いつつも、それが紛れもない事実であることは間違いなかった。ブローニャも、3人の命を預かる身として決断しなければならなかった。ブローニャの言葉に、チェリは俯き加減にぼそりと呟いた。「…生まれ育った国から、こんな離れたところで…ひとりぼっちになっちゃって…。」ディーンの身を案じるチェリ。その行方が心配で仕方ないのだろう。その気持ちは3人にも痛いほどわかった。そんなチェリに近づくと、ブローニャはその肩に手を乗せ、優しく説いた。「…大丈夫だ。このあたりは自然も多いし、食って生きるには困らない土地だ。野生動物が多いのもそのせいだろう。さっき来る途中に、野生の馬も見かけた。…きっと、一人にはならないさ。」「…」そこでようやくチェリは振り返った。チェリの揺れる瞳を見て、ブローニャは微笑みかける。「帰りにまた、迎えに来よう。」「…うん。」ブローニャに促され、チェリは歩き出した。ブローニャ達は、先へ進むことを選択した。「…ごめんね、ディーン…。お願いだから、無事で…。」歩きながらチェリは、祈るように握った両手を額に当てた。


前ページへ戻る