本部に向かう道の途中で休憩していた時のこと。何かの実をぱくぱくと食べているブローニャの元に、ジタが近づく。「お前それ何食ってんの?」「ん?ラコの実だ。」「へー。ちょっとくれよ。」「ん。」「さんきゅ。―――ん!うま。」「だろ?でもこれ以上やらないからな。」「あ?ケチ!」「やかましい。」「そういやさ、お前は料理できんの?」「なんだ急に。」「デジャが上手いって言うから、お前はどうなのかと思ってよ。」「私だって料理くらい作れる。」ブローニャがむっとする。「へ〜じゃあ今度作ってくれよ。」「いいぞ。任せろ。」「ちなみに何作るんだよ。」「カレーだ。」「…まぁ、カレーくらいなら割と誰でも作れる――――いてっ!」ブローニャの軽い肘打ちがジタの脇腹に入る。少しむすっとしながらブローニャが問いかける。「…そういうお前は作れるのか?」「だって俺は長年一人旅してんだもんよ。そりゃ作れるよ。」「…まあ、そうか…。」「考えたらお前、じゃがいもとかめちゃくちゃざく切りだったもんな。男の料理だよな――――いてっ!」「お前は本当に口が減らないな…!!」「なんだよ!別に悪いなんて言ってねーよ!!」―――その光景を見ながら、チェリがヘザーに問いかける。「あの2人、いつの間に仲良くなったの?」それに対してヘザーが答えた。「な。まぁ、前に『同じくらいの歳の女友達がいたことなかった』って言ってたし、内心嬉しいんじゃねぇの?」「そっかぁ。」「なんかガキっぽいよな。」「元々そういうところあったけど…私達の前では割と大人ぶってたのかもね。」「ははっ、そうかもな。」チェリは、昨日のブローニャの発言を思い出していた。あの様子は、きっと色々吹っ切れることができたのだろう。「良かったわね、ブローニャ。」そう呟くチェリの口元には笑みが浮かんでいた。2人の会話を聞きながら、吹いた風の流れにつられて、デジャが青空を見上げる。「同じくらいの歳の友達、…か…。」どこか遠い目をしながら呟いたそれは、風に乗って青空の中へと消えていった。
――――やがて一行は、特殊兵士部隊の本部があるという大きな町に辿り着いた。「わ~~~!おっきい~~!!」「こんなでかい町久々だな!」チェリとヘザーがきゃっきゃと騒いでいる中、ブローニャがバシリアの部下に問いかける。「そういえば、本部の所在は城下町ではないんだな。」「そうですね。通常の兵士と我々は役割が異なりますので。この町は言わば第二都市です。各地に派遣するには、交通等を考えるとこちらの方が都合がいいんですよ。」「そういうことか。」「我々の本部は中心地にあります。このまま真っすぐ進みましょう。」レンガ造りの町中を進んでいくと、ようやく本部へと辿り着いた。「こっ…、これが本部…!!」「なんかフツーだな。」ヘザーが言うように、"本部"という仰々しい名前とは裏腹に、その建物はそれほど立派な造りではないように見えた。「当初は急ごしらえの施設でしたからね。元々研究施設だった建物を王国が買い取って、我々の本部としたのです。昔は棟の数ももっとありましたが、訓練所などを広げるために取り壊されました。」「へ~。」「では、参りましょうか。」そう言って部下が敷地の中へと入っていくと、ブローニャ達もそれについて行く。馬を馬舎に預け、部下に案内されながら、敷地の中でも特に目立った建物の中へと入る。皆、緊張した面持ちでその歩みを進めていく。階段を上がり、奥へと通される。「こちらです。」やがて大きな扉の前で立ち止まると、部下は振り返り、その扉に手を向けた。「丁度、全隊長達が会議をしているようです。」先ほど別の兵士に聞いていた内容はそれかと納得しながら、皆ごくりと唾を飲み込む。「では、行きましょう。」会議中だというのに躊躇なく入ろうとする部下に対し、思わずチェリが声を上げる。「えっ!?いきなり!?」「えぇ。」「会議中に乱入して大丈夫なのかよ?」「その会議というのも、皆さんについての話ですから。」「…!!」チェリとヘザーが黙ったのを確認すると、部下は扉の取っ手に手をかけ、それを引いた。ギィ、と古めかしい音を立てながら扉が開く。その先には、開けた空間が広がっていた。中央には長い会議卓が二つ、間隔を空けて並行に置かれている。その傍らに、30代後半~40代前半と思われる4人の男女が向かい合って座り、背後にはそれぞれの部下であろう数人の兵士が佇んでいた。4人の内の1人がブローニャ達の存在に気づく。そして、ぱっと笑顔を咲かせて立ち上がり、こちらへ歩いてきた。「おぉ!よく来てくれたな!なかなかに遠かっただろう!お疲れ様だったな!」以前と変わらぬ快活さで迎え入れてくれたバシリアを見て、チェリとヘザーはほっとしたように表情を和らげる。そしてバシリアはブローニャ達の前に立つと、ようやくジタの存在に気づいた。「ん?1人増えてるな!」「あはは…」気まずそうに愛想笑いを浮かべるジタを前に、バシリアはブローニャへ問いかけた。「彼女は?」「欠片を探しに行った先の遺跡で出会った、盗人だ。」「おい、馬鹿…ッ!!」焦った様子でブローニャへ食って掛かるジタ。ブローニャはわざとだったのか、そうでないかわからない態度で訂正を入れる。「おっと、すまん。旅人の間違いだ。今は私達の協力者だ。欠片探しや悪党討伐に手を貸してくれている。人柄も実力も申し分ない、お前たちにとっても、頼もしい味方になる筈だ。」「!」ブローニャの言葉に目を丸くするジタと、期待に満ちた表情を浮かべるバシリア。「そうか。味方は多い方がいい。それは何よりだな。」そう言ってバシリアはジタに向かって手を伸ばした。「私はこの特殊兵士部隊の一隊長を務めさせてもらってる、バシリアだ。今後何かと世話になることが多いだろう。よろしく頼む。」「!あんたが…。」「私のことを知ってるのか?」「…そりゃあ、この国にいてあんたのことを知らない奴はいねぇよ。」「あはは!それはなんとも気恥ずかしい話だな。」「…こっちこそ、よろしく。」「あぁ。」そう言ってジタがバシリアの手を取り、握手を交わした。「そろそろいいか?」痺れを切らしたように、着席していた気の強そうな女性が声をかけてくる。「我々も暇じゃない。さっさと話を進めろ。」「ローザ…。」"ローザ"という女性のつっけんどんな言葉に、バシリアが呆れたようにため息をつく。「…あぁ、わかった。まずは紹介から始めよう。」バシリアはマントを翻しながら部屋の奥にいる男女たちの方へ向き直ると、手を動かしながら説明を始めた。「まず、彼女がブローニャ。そして左からチェリ、ヘザー、デジャだ。彼女達がワヘイ王国から訪れた、クレア王女お墨付きの遣いだ。ワヘイ王国から盗まれたという"欠片"を取り戻しに、我が国までやって来た。そして―――」バシリアが言いかけた時、ブローニャ達の背後の扉が再び開いた。するとそこから、ヴィマラ達の後を追ってやってきた、サイとムダルが現れた。「サイ…!ムダル…!」いつもの装束に身を隠しているが、唯一露出したその目元からは緊張と不安が感じ取れた。そんな2人を見て、バシリアがふっと微笑む。「ちょうどいいタイミングだったな。」次にバシリアは、ヴィマラ達に向けて手を差し伸べた。「彼女たちはシジン族の、ヴィマラ、オレリア、サイ、ムダルだ。遥か昔から、代々言い伝えを継承してきた民族の末裔で―――"神の遣い"とされているそうだ。」その言葉に、部屋の奥にいる兵士達がぴくりと反応した。彼らのことをよく知らないブローニャやヴィマラ達でさえ、その空気を肌で感じる。だがバシリアは気にしない素振りで、今度はブローニャ達に向き直り、特殊兵士部隊の面々を手で指した。「紹介が遅れたな。既に察しているかと思うが、彼らが私以外の特殊兵士部隊の部隊長、そして副隊長達だ。左手奥にいる髭面が我々の総隊長であり、1番隊隊長のゼノン。その向かいに座る坊主が、2番隊隊長のオリバー。そして私が3番隊隊長で、オリバーの横に座っているのが、4番隊隊長のローザだ。彼らの背後に立っているのは、各副隊長達というわけだな。」そして手を下ろすと、両手を腰に当てた。「さて。紹介はこのくらいでいいだろう。では、どうする?総隊長。」そう言ってバシリアは総隊長に判断を促した。皆の視線が総隊長―――ゼノンへと集まる。彼は机の上で組んでいた手を下ろすと、ヴィマラの方を見た。その視線に、ヴィマラは思わずびくりと肩を震わせる。「そうだな…。早速だが話してくれるか。君達が知る歴史と、"欠片"のことを。」「…!」ヴィマラは息を呑み、自分の頭巾に手をかけてそれを外した。素顔を晒したヴィマラは、力強い目線で彼らを見つめながら答えた。「…はい…!」
――――ヴィマラが話終えると、場に静寂が訪れた。隊長達は皆揃って、視線を机の上に落とし、沈黙を貫く。対して周囲の兵士は、動揺した様子で他の兵士達と目を合わせていた。総隊長の副隊長とバシリアの副隊長だけが、冷静に遠くを見つめるような目線をしていた。そんな中、総隊長が己の副隊長に何か合図を送る。すると副隊長は、部屋の隅に座っていた老人の元へ向かい、その手を取りながらヴィマラの元まで誘導した。「彼は古物鑑定人だ。私も古くから知っているが、彼の目利きは間違いない。」その言葉を聞いて、ヴィマラは鞄から例の古書を取り出すと、目の前の老人に手渡した。老人は本にそっと触れて、その素材と年季を確認する。その瞬間、老人は目を見開いた。そして大切そうに1枚1枚ページを捲りながら、興奮したように語り出した。「…ッま、間違いありませんぞ…!!この本はおそらく、遥か3000年ほど昔に書かれたものです…!!」その言葉に、その場にいた誰もが驚きを隠せなかった。老人は震える手で紙を触り、文字を辿る。「劣化の少ない、フィオルネの草を加工したもので書かれている…!古代の失われた技術で作られた技法です…!フィオルネ自体が、2000年前の気候変動により絶滅してしまいましたからね…!しかもこの本の文章の中で書かれている動物や植物は、遥か昔に絶滅したものが記録されている…!!地形についても、学者達が地層から推測した過去の形と近しいものになっています…!いやはや…!私も古物や古書等、数多く触れてきましたが…これほど古いものは初めて見た…!!」老人は興奮した様子で、古書の隅々まで食い入るように見つめていた。その反応を見て、総隊長が納得したように呟く。「…なるほどな。これが昔に書かれたものであることは間違いないようだ。」そうして自らの前で手を組む。「…『神の力』が発現した記録というのも、3000年より前は存在しないとされている。一応、辻褄は合っている、ということだな。」「だが、この話自体が創作の可能性だってあるだろう。」ローザが割って入り、ヴィマラに目線を投げかける。その眼光の鋭さに、ヴィマラは思わず委縮してしまう。「それは…否めません。」張りつめた空気を払拭するかのように、オリバーが優しくヴィマラ達へ問いかける。「この欠片っていうのは、組み合わせるとどういう形になるんだい?」「"鍵"…としか記述がないので、その実態は不明です。本当に鍵の形をしているのか、それとも別の何かを模した形なのか…。」「いくつか合わせてみたことは?」その問いには、ムダルとサイが答えた。「手持ちの数個を組み合わせてみたが、どうやら位置が違うようで合致しなかった。」「密偵をしている仲間の情報によると、悪党側では所持していた2つだけがたまたま組み合わさったようだ。だが、その全容はわからないらしい。何かを連想させるような形でもないようだ。」「そうかい…。」再び総隊長が口を開いた。「…ところで、君達のその"密偵"とは何者だ?」「"ネイラ"という女性です。私達と同じ民族の仲間です。」「彼女から悪党側に情報が漏れていたり…彼女自身が篭絡されている、という可能性は無いのか?」その言葉に、ヴィマラ達が一瞬息を呑んだ。すると、ヴィマラが静かに語り出した。「…昔から私が、姉のように慕ってきた…信頼できる女性です。人が傷つくことを悲しんで、それを癒すために、優しさで包み込んでくれるような人でした…。心身共に強く、聡明で、まっすぐな人です…!今回の密偵だって、私達民族のため、そしてこの世の人々のためにと、危険を冒して自ら名乗り出てくれたんです!」思わず熱くなってしまったことに気づき、我に返ると、口調を落ちつけながら続けた。「…組織内の調査を行う際や、私達に情報を流す際も、常に細心の注意を払って行動していると言っていました。その甲斐あってか、今は幹部組織にまで食い込めている状況です。まして、極悪非道を貫く悪党達に篭絡されるなんて、彼女の人柄を考えればありえないことです。…私が、保証します。」「…はっ。身内の人間がどう言おうともな。感情論でなら何とでも言える。本当にそうだという証明は出来ないだろう?」「…っ…!」ローザのその言葉には、誰も、何も言うことが出来なかった。再び静寂が訪れた会議場で、ローザの大きなため息が響いた。「話は終わりか?」「!」ヴィマラが思わず、一瞬息を止める。「…わざわざ全隊長を呼びつけておいて出た話がこれか。くだらんな。私達も暇じゃない。こうしている間にも、悪党共が幅を利かせて活動をしている。時間を無駄にさせるな。」そう言って椅子を引きながらその場を立ち上がると、ヴィマラ達に向き直った。「これまで長くこの国に住んでいて、多くの歴史学者や古物商とも出会ってきたが、こんな話は初めて聞いた。…そもそも、お前たちの話が本当だと言うのなら、悪党共はどうやってそのことを知ったって言うんだ?お前たちの話だと、民族の中でしか伝わっていないんだろう。」威圧的なローザの言葉に、ヴィマラも反論する。「…っそれは…、何千年も前の歴史の話です。その中で民族の誰かが抜け出して、その伝承を別の地域の者に話したとて不思議ではありません…!」「それならば、この話がもっと広まっていてもおかしくはない。だが、実際そうではない。…神が授けてくれるという『大きな力』の実態はわからないし、その"扉"とやらもどこにあるのかわからないと来た。挙句、この欠片とやらさえ無くなれば、奴らは活動をやめると?―――…創作話を披露したいなら、もっと練ってからするんだな。」「…っ…!」ヴィマラは服の裾を掴みながら俯くと、ぐっと言葉を飲み込んだ。「…っ、」思わずオレリアが前に出ようとするが、それをブローニャが制止する。「…!」そして一歩前に出て、ローザをまっすぐと見つめる。「悪党達がこの"欠片"を探し求めているのは事実だ。実際、ワヘイ王国の城内部にはあらゆる宝が眠っているが、盗まれたのはこの欠片だけだった。そして、この遥か遠くのリテン王国までわざわざ持ち運ばれ、悪党達の手元まで運搬するであろうルートも確かに存在した。ヴィマラの協力者からも、悪党達が欠片を収集することを目的に活動していることや、かき集めた欠片を保管しているという情報が共有されている。ここにいる私の仲間達も、欠片の強奪により悪党達に人生を壊された被害者だ。…確かに、話の内容自体は信憑性が乏しいし、私も未だ信じ切れずにいる。だが、悪党達が欠片を求めて悪事を働いていることは紛れもない事実だ。」そこまで言って一呼吸置くと、更に続けた。「…私は、彼女達がこの"欠片"を忌み嫌い、破壊しようと試みる様も見た。…たった数日だが、彼女達と行動を共にして、理解した。"彼女達自身"は、信頼に値する人物だ。」「!」その言葉にヴィマラ達、チェリ達、そしてバシリアが驚く。ブローニャもバシリアを見つめて頷く。その意図を察したように、バシリアはその口元に笑みを浮かべた。そしてブローニャは再びローザに目線を向ける。「!」だがそこには、"敵"と認識するかの如く、ブローニャをじっと睨み付けるローザの姿があった。「講釈は終わりか?どうやら、篭絡された人物というのはお前のようだな。」「…!」「ワヘイの兵士だか何か知らないが、ここがリテン王国であることを忘れるな。言うなればお前達は部外者だ。私達からすれば、お前自身も得体の知れない人間の一人に過ぎない。」「おいローザ…、」思わずオリバーがなだめる。「ローザ!」バシリアも思わず注意するように名を呼んだ。バシリアの厳しい目に、ローザも同じように見返す。「私は少しでもリスクを減らしたいだけだ。この国の人間を守るためにな。この国には私の家族もいる。多くの大切な国民達もだ。カルト的宗教に付き合って寝首をかかれてはたまったものじゃない。こいつらが悪党共と繋がっていない証拠があるのか?」「…!」その疑いようは、かつてブローニャがぶち当たった壁でもあった。「出来ることも人数も限られている。そんな中で、内側から崩壊させられるリスクを取るくらいなら、私はこれまでのやり方を通す。もし本当にお前たちの話が真実で、我々の敵ではないというのなら…我々特殊兵士部隊に頼るのではなく、自力でどうにかしてみせるんだな。」ローザの言葉に再び静寂が訪れた。「…どうするよ、総隊長。」オリバーが総隊長に伺いを立てる。少し黙った後に、総隊長が重い口を開いた。「…彼女達が言うように、悪党がその"欠片"とやらを集めているのは事実だろう。お前達だって見てきた筈だ。」総隊長の言葉に、皆振り返る。そして総隊長は再びヴィマラ達の方を見た。「そうだな…。我々に、欠片の一つを託すというのはどうだ?」「!」「君達の話では、欠片は一つでも足りなければ"鍵"は完成しないんだろう。…ならば、君達の知らない場所へ、悪党の手も届かない場所へ、一先ずそれを隠そう。それが、我々と君達の信頼の証だ、…というのはどうだ?」総隊長の提案にヴィマラの表情が少し明るくなりかけたが、再びローザが遮る。「その欠片とやらが偽物である可能性は?」その言葉に、すぐさまブローニャが提案する。「ならば、ワヘイの欠片がここにある。」「!」ブローニャがヴィマラへ、昨日渡した欠片を取り出すように促した。ヴィマラは慌ててカバンからそれを取り出す。それを見てブローニャが隊長達に向き直る。「これは紛れもなく本物の欠片の筈だ。ワヘイ王国から奪われた品で、つい先日までずっと私が所持していた。本物だからこそ、あの長い旅路の中を盗人が運搬し、ヴィマラが辿り着けたのだと思っている。」「…『神の力』を見分ける力、…か。」総隊長のつぶやきにローザが問いかける。「信じるというのか?」「バシリアが証明してくれた。」「…」ローザがバシリアを見ると、まっすぐな瞳がそこにはあった。それを見て、目を瞑りながらため息をつくローザ。「…どこまでが真実で、どこまでが紛い物かもわからないんだぞ。」「…『神の力』自体が、説明のつかない不可思議な存在だ。それが実際にこの世に存在している現実で、今回の話を"創作だ"と切り捨てることは私にはできない。少しでも真実が混じっている可能性があるのなら、…そして、悪党達が欠片を集めることによって、国民が何らかの不利益を被る可能性が少しでもあるのなら、私達はそれを無視すべきではないと思っている。」その言葉にローザが髪を無造作にかきあげる。そこにバシリアが追撃する。「なに、通常の活動に加えて考えれば良いだけのことだ。我々のすべきことになんら違いはない。そうだろう?」「…」「悪党達のついでに欠片の情報を集める、欠片を手に入れる、そして奴らの真の目的を知り、それを食い止める。それだけだ。」「…勝手にしろ。」そう言ってローザは、マントを翻しながら扉の方に向かって歩き出した。ブローニャやヴィマラ達はそれを避けるように道を開く。ローザはブローニャ達を見向きもせずに通り過ぎた。そして、扉の前に立つと、振り返って総隊長に呼びかける。「うちの隊はこれまで通りに動く。いいな。」「…」ローザは総隊長の返事も聞かずに会議室を出た。その後を、慌てて副隊長が追いかけていった。呆気にとられたブローニャ達に、総隊長が声をかける。「…すまないな。彼女も真面目な奴なんだ。人一倍、国のため、人のためを想っている。」その言葉に皆が向き直る。「…わかっている。」そう答えたブローニャを気遣うように、チェリが話しかけた。「ブローニャ、大丈夫?結構な言われようだったけど…。」「いや…言われてみれば確かにと思った…。」「冷静かよ。」ブローニャは遠い目をしてその想いを馳せた。「…彼女は、数日前までの私だ。それに、私達が得体の知れない存在であるのも確かだ。彼女の立場を考えると、尚更やむを得ないだろう。」その言葉にチェリとヘザーが呆れたようにため息をついた。「…ほんっと、ブローニャって…。」「な。あんなん言われたらキレてもいいと思うけど。」「な、なんだ。」「あっはは!良い子だなってことだよ!」「ば、バシリア…っ!」ブローニャの頭を乱暴に撫でまわすバシリア。「さて。残ったメンバーは、一先ず総隊長の意向に異論がないと考えていいか?」その言葉に、副隊長達も決意を込めたような表情を浮かべた。ヴィマラ達がどうであれ、話の真偽がどうであれ、それぞれが自分達の為すべきことを考えているようだった。ふと、ヘザーがオリバーに呼びかけた。「オッサンはどうなんだよ?」「オッサ…―――ゴホン。」「こら、ヘザー!」「いいんだいいんだ。…そうだな…。俺は熱心な信徒でも、特定の宗教を信仰しているわけでもないが、神の存在は"在る"と思っている。だからその話自体も、もしかしたら可能性があるのかもなって思うよ。」「!」「ただその話を信じるとするなら…力を求めた先にあるのは、褒美か、罰か…。半分でも人間に対する"罰"の可能性があるのなら、俺はそれを食い止めたいと思う。」なるほどそういう解釈もあるのか、と考えるチェリ。もしかしたら"鍵"と"扉"は、神が仕掛けた罠かもしれない可能性もあるのかと。人が強欲になりすぎたが故の罰――――。「そして俺は、バシリアを仲間として信頼している。これだけ豪快な彼女だが、俺の知る限りこいつは、その裏に聡く、慎重で、容赦のない性格を秘めている。そんなバシリアがブローニャを信頼し、そのブローニャがヴィマラを信頼している。それだけで、俺にとっては理由として十分だ。」その言葉だけで、彼自身も信頼できる人物なのだろうことは受け取れた。そして背後の副隊長も、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。「…まぁ、ローザにはローザなりの理由や信念がある。君達も、理解してくれてはいるようだが。」「…あぁ。」オリバーの意志を確認した後、総隊長が告げた。「確認をしよう。」その言葉に皆の視線が集中する。総隊長は立ち上がると、ブローニャ達の元へと歩いて行った。それにオリバーや副隊長達も倣い、集まってくる。総隊長はブローニャの前で立ち止まった。しっかりと目を合わせながら、口を開く。「我々の目的は『悪党組織を壊滅させ、無力化すること』だ。動機や終着点は違えど、君達の意向もそれに相違ないと思っていいか?」「あぁ。」「今後、我々は協力関係だ。我々から君達へ情報共有は惜しまない。代わりに、君達からも我々へ情報を提供してくれるということで間違いないか?」「あぁ。」その意志を確認すると、次の段階へと進む。「もう一つ。君達は情報を得るためなら、…欠片を手にするためなら、我々に同行し、悪党組織の討伐や争いに手を貸すことも厭わない、と考えていいか?」その言葉に、ブローニャは周りの仲間達の目を見る。皆、強い意志を持った瞳をしていた。総隊長に振り向くと、皆と同じ瞳で答えた。「あぁ。」その瞳と、返答に、総隊長はゆっくりと瞼を閉じた。「…わかった。」そして瞼を開けると、ブローニャに手を差し出した。「改めて、よろしく頼む。」「!…こちらこそだ。」そう言って手を取り、握手を交わした。そして総隊長は今度はヴィマラに手を差し伸べた。ヴィマラもそれに応えるように手を取る。それに倣うように、オリバーや他の副隊長達も、ブローニャ達皆それぞれと握手を交わした。―――「…一先ず、話はついたな。」そう言って総隊長は皆に向いた。「君達にはこのバシリアが主に着く。何かあれば頼ってくれ。…理解してくれているかと思うが、我々の第一の目的は、王国各地における悪党達の悪事の鎮圧、そして防止だ。故に、"欠片探し"ばかりに人員を割けるわけじゃない。だが、悪党組織を探ることで、欠片の情報に辿り着けることもあるだろう。先般告げたように、我々他の隊も通常の活動に加えて情報収集も行っていく。必要に応じて行動も共にしよう。」「わかった。」ブローニャの返事を受けて、総隊長はバシリアを見た。「バシリア、彼女達を案内してやれ。さっきの話もしてやるといい。」「あぁ。」1番隊の副隊長がヴィマラの元へ近づくと、ヴィマラは手にしていた欠片を手渡した。「…お願いします。」「はい、確かに。」丁重に受け取った副隊長が後ずさる。それを確認して、総隊長は話を続けた。「一先ず我々は悪党組織の情報を集めながら、欠片についても探ってみる。欠片の破壊方法についても、検討してみよう。」「!…お願いします…!」そうして総隊長とオリバーは、副隊長を引き連れて会議室を去って行った。扉が閉まるのを確認すると、皆はぁ~~~…と気が抜けたように大きく息を吐いた。それを見て笑うバシリア。「あっはは!皆お疲れだったな!よく頑張った!」「なんか結構緊張したわね…。」「あぁ…。ああいうカッチリした雰囲気苦手だぜ…。」「てっきり不審者扱いで牢屋にでもぶち込まれるのかと思った…。」「取り敢えずは良かったです…。」チェリとヘザーはぐったりし、サイはまだ緊張が解けずにおり、ヴィマラは安堵の表情を浮かべていた。それを見て皆が笑う。「休みがてら少し話をしよう。皆座るといい。楽にしてくれ。」そうしてバシリアに促されて、皆各々席に着いた。「にしてもあのオバサンなんなんだよ!!気持ちはわからなくもねぇが、あんな言い方しなくたっていいよな!?」「そうよね!?すんごいムカついた!!私も文句言ってやろうかと思ったもん!!」「こ、こら!オバサン呼ばわりはやめないか!」「あはは!…すまないな。確かに彼女の言葉は無礼だった。その点に関しては謝罪しよう。」「…いや、別にバシリアが謝ることは…。」「私にとって君達は友人だからな。それが礼儀というものだ。」「…」「…ローザは、昔からああいう性格なんだ。10代の頃に兵士になってな。それからずっと、この国と人々のために仕えている。彼女にとってはそれが生きがいであり、信念でもあるんだ。…さっきも言ったが、真面目な奴なんだよ。」「!」ブローニャは自身の経歴と重なる部分に気づいた。バシリアは遠くを見ながら続ける。「…それに、彼女も一人娘がいるんだ。10歳になるかな。…彼女も純粋に、大切なこの国の人々と、娘を守りたいだけなんだ。その気持ちがついつい前に出てしまうだけなんだよ。…話してわからない奴じゃない。次第に君達のことも理解してくれるさ。」「…」その言葉に、ヘザーもチェリも黙りこくる。沈黙が訪れるが、バシリアが空気を一新するかのように話題を変えた。「そういえば、先に到着した部下から話は聞いているぞ。欠片を探しに遺跡に行ったことと、歴史学者の手記を手に入れたと。」「あぁ、そうだ。」ブローニャが答えようとすると、ヴィマラがカバンから手記を取り出し、バシリアに差し出した。「これはそこのジタが持っていた物だ。何やら古物商から貰ったものらしい。何百年前かの歴史学者が、欠片を探して各地を渡り歩きながら記した手記だそうだ。こいつがその手記を読んで、遺跡へ欠片を盗みに来たところに私達が遭遇した、というわけだ。」「ぬすッ…!お前らだって似たようなもんだろうが!!」ジタはブローニャの説明に思わずガタっと立ち上がり、指をさしながら反論する。チェリとヘザーがそれを諫めて座るよう促し、デジャが冷めた目で見つめていた。「これが…。」そう言ってバシリアは本を手にページを捲る。その様子を見ながらブローニャは続けた。「実際にその欠片は本物だった。ちなみに欠片は、サイとムダルが別の場所へ隠しに行った。ヴィマラ達の仲間の密偵―――ネイラからの情報と照らし合わせた結果、悪党達が見つけた複数の欠片の内の一つも、その手記に記された場所で見つかったそうだ。」「まだ捜索の手が届いていない場所もいくつかあります。その内の一つへ昨日向かいましたが―――…そちらに関しては、偽物の欠片でした。」「偽物…か。」その言葉に目を伏せたバシリアは、ぱたんと本を閉じた。「1人でこれほどの調査をしたとは驚きだ。しかも収集目的ではなく、ただ自身の知的好奇心を満たすためだけに各地を探し回るなど――――…なんとも学者とは変わり者だな。」「本当だよな。」「ね。ジタみたいに集めて高値で売り払うとか考えなかったのかな。」「お前また…ッ!」「未調査の拠点については、悪党達も場所を把握していないのか?」「おそらく。」「そうか…。」「その内調査に行こうと思います。」「そうだな。」そしてバシリアは皆の方を見た。「こちらからも報告しなければならないことがある。テキン町の酒場に、欠片の運搬ルートがあっただろう。」「!」ブローニャ達が追っていた盗人達の運搬ルートのことを指していた。「私の部下が尾行してそれを探っていたんだが…。どこかでそれを悪党組織側に悟られたらしく、道中で襲われた。…結局それでルートは見失ってしまった。」「!」それを聞いた皆に、緊張が走った。「部下は無事なのか?」「あぁ。なんとか軽傷で済んだ。」その言葉に一先ずほっとする一同。「敵は、『神の力』を持っていた。顔に痣のある、若い女だ。」「…!!」バシリアの言葉にデジャが反応する。それに気づいたブローニャは、デジャに声をかける。「…どうした?…もしかして、知ってる奴なのか?」「…まぁな。」そのやり取りを見て、今度はバシリアが声をかけた。「…彼女は、我々の中でもちょっとした有名人でな。デジャ、名を知っているか。」その問いに少し言いづらそうに口を開いた。「…ライリだ。」正解だ、とでも言うようにバシリアがゆっくりと目を閉じる。デジャは皆の視線を浴びながら、自らその続きを話し始めた。「…私が元居たチームとは別のチームに属していたから、それほど関わりがあったわけじゃない。…だが、大仕事の時は一緒になることが何度かあって…。…歳が同じだからということもあって、あいつの方からよく話しかけてきた。…あいつは、育った境遇のせいか、精神年齢が少し幼くてな。…私に懐いていた。」その言葉にチェリ、ヘザー、ブローニャが目を丸くする。「だがあいつは――――躊躇いなく人を殺せる女だ。」「…!!」デジャがそこまで言うと、ようやくバシリアは目を開けた。「…実際、我々の仲間でも犠牲になった者がいる。勿論、国民の中でもだ。」デジャは顔を俯かせる。バシリアは真面目な顔で皆を見ると、重々しく口を開いた。「…悪党組織は、殆どは小悪党なんかの有象無象の集まりで構成されている。ただ報酬欲しさに動いて、損があれば切り捨てる、そんな奴らだ。その実は、統制も連携も殆どない。だが…上位層にいる人間はそうとは限らない。…そして、人員構成の比率としては女子供が多いんだ。」「え…?」「正確に言うと、"『神の力』を持った、女子供"だ。」「…!」「『神の力』を持つ人間自体、男女比率が女性の方が多いとされている。…『神の力』の伝説から考えるに、『神の力』は"力の無い者"に与えられる。つまり、非力な女性に発現する可能性が高いということだ。学者の見解ではその説が一般的とされている。」ブローニャはかつて読んだ本に書かれていた内容を思い出した。確かアレにも、そういった記述がされていた。ヴィマラが険しい顔で独り言のように呟いた。「…私達も、確かにネイラからいくつか情報を貰っています。…彼らは、『神の力』を悪用するだけではなく、"その力を組織的に得るため"に、犠牲を産んでいる…。」バシリアは静かに答えた。「…例えばデジャのように、…そしてそのライリという少女のように、"強い者"、"組織として利用価値の高い者"を見繕っては、仲間に引き込んでいるんだろう。…どんな手段を使ってでもな。」「…」ブローニャ、チェリ、ヘザーは、かつてデジャから聞かされた身の上話を思い出していた。悪党達は、欠片と、デジャという有益な人材を得るために、デジャの大切にしている人々を犠牲にした。時には言葉巧みに誘導し、時には洗脳し、時には力で従わせて、逃げられない状況に囲い込み、仲間を増やしているのだろう。「…」デジャ自身も、過去の組織での数々の出来事を思い出していた。「…やっぱり、あの組織は解体しなきゃならねえな…。」そう呟くオレリアの表情からは怒りが滲み出ていた。「…お前達が把握している、"要注意人物"というのは他にもいるのか?」ムダルがバシリアに問いかける。「…幹部に、"ヒルデ"と"スーシャ"という女がいてな。それそれ赤髪と白髪の、長身の女だ。奴らは特に厄介だ。所持している『神の力』が強力な上、性格も容赦がない。見つけたらまず逃げることだ。捕まえたとしても、奴らの素性から情報を引き出すことも難しいだろうしな。」「…私達もネイラから聞いたことがあります。『神の力』に頼るだけではなく、剣技にも長けているため、組織の中でも一目置かれているとか。」2人の会話を聞きながら、ブローニャは、はっとテキン町で出会った赤髪の女を思い出した。長身で、ただならぬ雰囲気を纏っていた。出会った町は、欠片の受け渡し拠点であった。「(いや…だがまさか…)」幹部自らがわざわざ欠片を取りに来るだろうか?現にきちんと運搬ルートが存在し、別の人間が欠片を取りに来ていた。「…」その奥では、ジタも何やら考え込む様子を見せていた。2人がそれぞれ思考を巡らせている間にも、会話は進む。「その他にも、"毒"を使う奴だとか、武器を増殖させる奴、逃げても逃げてもナイフが追いかけてくる、なんて状況に遭遇した奴もいる。―――チェリ、お前に似た力を持つ人間が、敵組織の中にもいるのかもしれないな。」その言葉にチェリとヘザーは青ざめる。「こわ…。」そんな2人の様子を見て、バシリアが表情を緩める。「まぁ、用心に越したことはないということだ。今後も互いに持っている情報を交換し合おう。」「あぁ。」「それともう一つ、大事なことを伝え忘れていた。」「なんだ?」「この敷地内にある倉庫を調べた。」「!」それは、悪党達から押収した物品が保管されているという倉庫を指していた。「だが、残念ながら倉庫に欠片らしき物は無かった。」それを聞いて、ヴィマラ達はバツが悪そうに目を逸らす。「それなんだが…、」申し訳なさそうにムダルが申し出る。バシリアとブローニャ達がその様子を不思議そうに見ていると、サイが口を開いた。「…すまん、俺達も後で気づいたんだが…お前たちに伝え忘れていたことがある。」「?なんだ。」バシリアの問いかけに、今度はヴィマラが告げた。「…ネイラからの情報ですが、どうやら極稀に、美術品など、別の物の中に隠されている場合があるらしいんです。…実際、悪党達が見つけた宝の中でも、一例だけですが、彫刻を割ったら欠片が出てきた、というものがありました。」「!」ヴィマラの言葉に驚愕する一同。「はあッ!?そんなんアリかよ!?」「そんなのされたらわかるわけないじゃん!!!」「んなのどうやって探せってんだよ!!」ジタとチェリ、ヘザーが椅子から立ち上がりながら吠える。「だからこそ悪党達が苦労してんだろうよ。こっちはヴィマラがいりゃあ一発だけどな。」オレリアの言葉ではたと止まる3人。静かに着席をする。「…そうか、こっちはヴィマラがいるもんな…。」「そう考えたらヴィマラの力めちゃくちゃ便利じゃない!?」「だから言ってんだろ。ヴィマラの力が無かったら、地道に一個一個探して壊したりして中身確かめなきゃいけないんだからよ。」「そりゃ気の遠くなる作業だなー…。悪党達はそうしてるんだもんな…。」「…」バシリアは腕を組み、考え込むように黙る。やはりそこまでの労力をかけてでも欠片を集めたいという悪党達は、その先に絶対的な目標を持っているに違いなかった。「(神から授かる大きな力――…か。)」そうしてヴィマラ達を見る。やはりあながちあの話は馬鹿にできないのかもしれない。少なくとも、あの話が悪党達の行動原理だとすれば、やることは同じだった。「そうとなれば話は早い。早速だがヴィマラ、倉庫まで同行してもらえるか。」バシリアの提案にヴィマラは頷く。「勿論です。」そしてバシリアが立ち上がると、皆も思い思いに立ち上がり、移動を始めた。――――移動中、バシリアがデジャとヘザーに話しかける。「ヘザー、デジャ。」「ん?」「…すまないが、君達の件に関する情報はまだ得られてない。そちらについても引き続き確認している。」その言葉に少し驚いたような反応を見せる2人。まさか本当に情報を集めてくれているとは。「…気にするな。」「そうやって動いてくれてるだけでもありがたいよ。」気持ちだけでも、といった様子の2人に、申し訳なさそうに微笑むバシリアだった。そしてその後ろでは、オレリアがブローニャに小声で呼びかけていた。「ブローニャ、」「ん?」「さっきはありがとな。」「…?何がだ?」「お前なぁ…。…さっきよ。あのクソ女にヴィマラが詰められた時、私達のことフォローしてくれただろ。」「!私は別に…、」何でもないように言うブローニャに微笑むオレリア。「嬉しかったよ、お前の気持ち。純粋にな。」そんなオレリアの表情と言葉に、ブローニャは目を見開いた後、すぐにその表情を綻ばせるのだった。
――――「「わ~~~…。」」倉庫の中を見て、思わず声を上げるチェリとヘザー。倉庫は思い描いていたよりもずっと広く、中には様々な物が保管されていた。金品や美術品だけでなく、本やアクセサリー等もあった。数としては100は優に超えるだろう。「…持ち主がわからない物ばかりでな。一先ずここで保管している。悪党達の活動が落ち着いたら、国民に公開しようと思っている。取りに来てもらうなり、届けるなりして持ち主に返していきたいんだ。」「…それがいいな。」デジャがぽつりと呟いた。「それで?どうなんだよ、ヴィマラ。」ヴィマラは部屋に入るや否や、集中するように目を閉じていた。ヘザーの呼びかけで目を見開く。「…やはり、ここには無いようです。」その言葉を、皆わかっていたかのように冷静に受け止めた。「…まぁ、そうか。」「あったらきっと取り返しに来てるだろうしな。」「そもそも、あればもっと早い段階でわかってただろ?」「そうですね。」ヴィマラの力の探知範囲から考えれば、もし本当にここに欠片があるなら、到着する前にわかっていた筈だった。だがヴィマラにその様子が見られなかったことから、皆薄々感づいていたのだ。「さて!まぁ、無いのなら仕方がないな。」バシリアは切り替えるように皆に振り返った。「皆長旅で疲れただろう。今日はもう休むといい。明日のことはまた明日考えよう。休養や体力温存も大事なことだ。勿論、兵舎の部屋を貸す。食事も用意させよう。」その言葉に、皆の表情が明るくなる。「助かる~~~!!」「実はもうへとへとなんだよな…。」「遺跡行ってからほぼずっと移動だったからな…。」ほっとしたように話し出す皆を尻目に、ブローニャとヴィマラが代表でバシリアに感謝の言葉を述べる。「…ありがたい。いつも悪いな。」「大人数で押しかけてしまって…すみません。」合計9人ともなると負担も増えるだろうと心配していた。「まぁそこは心配するな。その分働いてもらえばいいだけのことだ。」そう言ってにやりと笑うバシリア。その顔に2人も笑う。「早速各部屋を案内しよう。イアン、男性陣の案内は任せたぞ。」バシリアは共についてきていた副隊長へ指示を出した。「はい。」「女性陣は私について来てくれ。」そうして男女別れてそれぞれの宿舎へ通された。兵士用に用意されている寝室は4人部屋だった。「女性兵士が少ないものでな。部屋が丁度余っている。」そして宿舎内の部屋についても回って案内された。「実はな、ここの兵舎には温泉があるんだ。」「…!!」女性たちに衝撃が走った。「王国からのせめてもの労いでな。さっきも言ったように、女性兵士が少ないから、ほぼ貸し切り状態だぞ。」その言葉に皆盛り上がって喜んだ。
――――「わあぁ~~~~~…!」チェリがゆっくりと湯に足を浸からせながら、嬉しそうな悲鳴を上げる。「あ"――――…最ッ高…。」先に湯船に漬かっていたへザーは、腕を岩に投げ出しながら天を仰ぎ、その暖かさと気持ちよさに浸っていた。「やっぱり温泉は最高だな…。」その横では、顎までお湯につかったデジャが、真っ赤な顔でうっとりとしていた。「やっぱりすげぇな…。」「えぇ…。」湯に浸って多幸感を味わっていたチェリは、肩まで湯に浸かったオレリアとヴィマラが、何かを見つめながら圧倒されているのに気づいた。そして、その視線の先を追って、あぁ…と納得する。「やっぱり皆同じ反応するんだな…。」「そりゃ同じ女ならな…。」「ね。ジタもそう思うわよね!」「あ?」チェリが近くにいたジタに話しかける。ジタは、チェリの言葉と皆の視線に気づいて、言わんとしていることを察する。「あぁ、ブローニャの胸な。デケぇよな―――――あいてェッ!!!!」そんなジタの頭に上から平手が降ってきた。「このッ…!!お前は本当に…ッ!!」その背後では、石畳の上で、胸を隠しながら顔を真っ赤にするブローニャがいた。「んだよ!!事実だろうが!!つーか、皆思ってたんだろ!?なんで俺だけ…!!」「お前の場合はデリカシーがない。」「下品。」「サイテー。」「声がでけぇ。」「な…、なんだよ、どいつもこいつもその目は…!」ジトっとした皆の目線にジタがたじろいでいると、豪快な大声が浴場に鳴り響いた。「皆楽しんでるか?」「!?」皆が振り返ると、仁王立ちし、引き締まった体を惜しみなく見せるバシリアの姿があった。そこには、ブローニャに負けず劣らずな大きな双丘が二つ。「…!!」「ちょ…ちょっとバシリア…!!」「ん?女同士だ!何を恥ずかしがることがある?」笑いながら湯に浸かるバシリアに圧倒される面々。「やっぱすげぇなこの人…。」「見習いたいような見習いたくないような…。」「そこは見習わなくていい。」―――湯に浸かりながら皆思い思いに話をしていた。「そういえば温泉入ったわね〜。」「な。あの山の温泉も良かったよな~。」「は?ずりぃーなぁ〜。私達も行きたかったな。」―――「ジタ、君はどういう力を持ってるんだ?」「あー…一言で言えば、武器を高温にする力だ。」「ふむ!詳しく聞かせてくれないか!」―――そんな中ブローニャは、デジャの横に座る。痣のある女―――ライリの話を聞いてから、デジャの様子が気になっていたのだ。「…ライリ、と言ったか。お前の他にも、同じ歳の少女がいたんだな。」切り出し方を間違えたかと、慌ててブローニャが訂正する。「…誤解しないでほしいんだが、別に言わなかったことに対して何か思っている、とかじゃないぞ。…誰しも、言いたくないことだってあるだろうし…。」「…わかってる。」ブローニャの言葉に思わず笑うデジャ。だがふと表情に陰りを帯びると、膝を抱いて、湯面を見るように少し俯きながらつぶやいた。「…後ろめたい気持ちがなかった、…と言ったら、嘘になる。」「!」その言葉に、他の皆も耳を澄ませた。「…逃げる時に、あいつのことが頭を過った。…でも、自分が逃げることに必死で…。…あいつを置いて行った罪悪感が、無かったわけじゃない。」「…」デジャの心情を察するブローニャは、何も言うことができなかった。デジャは顔を上げ、遠くを見つめる。「…でも、さっきも言ったように…あいつは躊躇いなく人を殺せる女だ。そして…あいつにとっては、あの組織が、ただ一つの居場所だった。」「…!」そしてブローニャを見る。「…あいつは、お前たちが思っているような、か弱き可哀想な少女なんかじゃない。…確かに、組織の奴らに洗脳された、って意味では可哀想な奴であることに間違いないだろうが…。…あいつは、組織の大人達に褒められるためだけに…人を傷つけ、殺し続ける――――…化け物だ。」「!」そして悲しそうに目を伏せた。「…私は、多分あいつを理解してやれない。…私の手には、負えなかった。」そしてデジャは、再びブローニャを見る。「長身で、長い黒髪を高く束ねている女だ。あいつに会ったら、…くれぐれも注意しろ。」
―――――とある場所で。満月を見上げている痣のある少女の姿があった。「…デジャ…どこで、何してるんだろう…。」どこか寂しげな呟きは、夜空の中に消えていった。