【20話】偽善と融解


本部に戻ってきたバシリア達一行は、長旅で疲れた体を癒していた―――筈だった。「あれ…何してんの?」朝食を食べ終えたチェリが、ヘザーと共に本部の渡り廊下を歩く途中で、何かを見つけた。その視線の先では、バシリア含め兵士達が訓練に勤しんでいる姿があった。その中に、オレリア、デジャ、ジタ、ブローニャが混ざっていた。「朝からいないなと思ってたら…。」「…」その様子を見ながら、ヘザーが何か考え込むような様子を見せる。「あれだけ嫌がってたのにね、訓練。しかもオレリアまで…。」先日本部に訪れた際は参加するのを嫌がっていたのに、どういう風の吹き回しだろうか。今や真面目に訓練に取り組んでいる。そんなチェリの疑問に答えるように、ヘザーが自己の見解を述べる。「怪我から復帰してのリハビリってのもあるかもしれねぇけど…。…ヒルデとスーシャと出くわした後、皆なんかちょっと変だったから…それが関係してるんじゃねぇかな…。」「…」あの時、彼女達が悔しそうな気配を纏っていたように見えたのは、気のせいではなかったのか。きっと優しい彼女達のことだ。強敵と対峙したことで、仲間や他の誰かを守るために、自身がもっと強くならなければと感じたのかもしれない。自分達が、あの4人よりも数歩も遅れた場所にいる気がした。ヒルデから『ガキ』扱いされ、脅された自分達ならば当然か、と思わなくもないが…。ヒルデ達と遭遇したあの日の夜、チェリとヘザーは互いの想いを確認し合っていた。
――――「お前は?怖くねぇの。」ヘザーとチェリは夜中に2人で抜け出し、星空の下、話をしていた。「流石にスーシャに追われた時はやばいと思ったわよ!もしかして死ぬ?くらいには思ってたし。その後のヒルデの脅しも結構怖かったしね…。…でも、もうとにかくなんとかするしかないなって。…私だって、皆のこと失いたくないから。何度でも言うけど、私だけ引くなんてのは絶対にありえない。ジタだって、本当なら関係ない立場なのに協力してくれてる。優しくて、良い人ばっかりで…かっこいいあの大人達に、私は食らいついていきたいの。」「…そっか。」「あとなんか、ヒルデの言葉思い出すうちに腹立ってきたのよね。」「は?」「私だってそれなりにやるのに、…生半可な覚悟でここまで来てないのに。あんな脅しで引くとでも思われてるのが。」「!」「しかもジタの右目やった奴だって言うじゃない!!皆も怪我させられて…。多分、被害に遭わされた人も他にもいるんだって考えたら…―――許せない…。」「…」チェリの表情に珍しく怒りが帯びる。「『神の力』の話が本当なら、やっぱり悪党達に渡しちゃいけないのよ。」「…そうかもな。」ヘザーのどこかそっけない返事に、違和感を抱いたチェリが聞き返す。「あんたは?」ヘザーは俯きながら静かに答える。「あたしは…正直、ちょっと怖い。」「!」「自分が敵を、っていうより…この先進んだら、もしかしたら…誰かが死んじゃうんじゃないかってことが…。」「ヘザー…。」苦しそうな顔で己の両手を握り締めるヘザー。「あんなやばい奴がいて、あたし達のこと殺しに来るかもしれないって考えたらさ…。…復讐は復讐でやり遂げたいと思ってる。そこは変わらない。…でも…本当は、引けるなら皆で引きたい、…とも思ってる。…姉ちゃんと同じくらい、…今は皆も大事だから…。」「…」ヘザーの頭の中に浮かんでいるのであろう、皆の笑顔がチェリの脳裏にも過る。それに対して、チェリは何も言い返すことができなかった。
――――「ヘザー。」訓練する皆を見つめたまま、チェリがヘザーに呼びかける。「ん?」「…欠片が全部、悪党達の手に渡ったら…もしかしたら人類滅亡とか、世界崩壊、とかになる可能性もあるのよね。」「あぁ?…んー…どうだろうな…。それこそ、そんなおとぎ話みたいなことあり得るか?」「そうでなくとも、あの人達が"大いなる力"ってのを手にすれば、私達含めて、皆が生かされるかどうかもわからない。」「!」そしてチェリはヘザーに振り返った。「皆が生きて、皆で食い止めて―――"最善"の方法で、"最悪"を防げばいい。…少なくとも、今は皆生きてるんだもん。」「…!」「ここまで来ちゃったんだし、もうあとは突っ走るだけでしょ!皆で行けば怖くないわよ!あんたには私がいる、皆もいる!皆には私がいる!だから大丈夫!」そしてチェリがにっと笑う。「それに、今からそんな不安になったってしょうがないわよ!だったらその不安がなくなるまで、強くなればいいだけじゃん!」そして訓練する皆を、チェリは強気な表情で見つめる。「…私も、もっと強くなりたい。」「!…お前…。」あの時の自分に対して言っているのだと気づくヘザー。「(…本当に変わったんだな…。)」有事の際の対応や、咄嗟の判断と行動力。おまけに、こんな前向きで強気な言葉を言い放つなんて―――あんなに頼りなかったチェリが、今はとても頼もしく見えた。「(お前は十分強いよ。)」口には出さないが、心の中でそう言うと、ヘザーは笑みを零した。そして、チェリと同じように訓練場に目を向ける。「…あたしだって、あの時はああ言ったけどな!あんなの一時の迷いだ!」「え!?そうなの!?」「"最善"の方法――…か。…お前の言う通りだ。前に進むしかねぇからな。後悔しないように、あたしも、あたしの全力を生きる。要は、誰も死ななきゃいい話だ。」「!…そうよ!」「しかも、これやり遂げたらあたし達ヒーローじゃねぇ!?」「そうよね!!かかった時間と労力考えたら、めちゃくちゃ報酬貰ってもいいくらいよ!!」「うっし!なんかやる気出てきた!!そうとなればあたしらも特訓だ!!」「やるぞー!!」拳を突きあげると、2人で皆の元へと走り出した。
――――「も…もうだめ……。」「や…やべぇって、本場の兵士の訓練…!!」1時間後、芝生の上で息を切らしながら、ぐったりと寝転ぶチェリとヘザーの姿があった。「へばるのが早いぞ!」「まぁそりゃあ普通の兵士達とは違うからな、こいつらは。」「"特殊"兵士部隊、だぜ?」「寧ろよく頑張ったもんだ。」少し疲れを見せる大人たちが2人を見下ろす。「なっ…なんなの、あんた達…!」「あたしらより先に始めたのに…ピンピンしてるじゃねぇか…!!」「そりゃ、重ねてきた"経験"が違うからな!」「"年季"、の間違いじゃないか。」「あぁ!?」「まぁ私も一応兵士だしな、デジャだって似たようなものだし。」「体力無けりゃ旅なんて続けられねーよ。」そんな大人達を見て、年齢だけではない差を歴然と感じた。「も…燃えてくるじゃない…!」「マジかよ?」「でも今は休憩……。」チェリは起き上がりかけた体をばたっと伏せた。「ははっ!まぁ長旅の後だ。無理はしない方がいい。一先ずひとっ風呂浴びて休め!」バシリアの一言で、一先ず本日はお開きとなった。
――――「バシリア隊長!」「どうした?」着替えを終えたバシリアが執務室へ向かっていると、1人の部下が駆けつけてきた。「ローザ隊長が戻ってきました。」「!」―――そして、落ち着いただろう頃合いで、ローザの元へ足を運ぶバシリア。執務室の扉を開くと、書類を整理しているローザの姿があった。「バシリアか。2週間ぶりくらいになるか?」「あぁ。そっちはどうだった?」「有力情報を辿って行ったが、もぬけの殻だった。…やはりアジトの探索は厳しいな。もう少し精度を上げないと無駄足になるだけだ。だが、近くに他のチームがいて、そちらは鎮圧することに成功した。」「そうか…。」「そっちは?オリバーと一緒に盗人のアジトを襲撃したと聞いたぞ。」「あぁ。こちらもメンバーはほぼ捕えられた。その後はオリバーの方に任せていてな、収監して情報を聞き出しているようだが…やはり大した情報は得られていないようだ。」「そうか…奴らもなかなか尻尾が掴めんな。」「あぁ。逃げるのも隠れるのも、…尻尾切りも上手い。」「全く厄介なものだ。」話が一区切りついたところで、バシリアが切り出す。「それからだな…一つ伝えておきたいことがある。」「なんだ?」「先日、ヒルデ、スーシャと遭遇した。」「なに…!?」ローザに対し、バシリアはその経緯と、ヒルデとスーシャがはっきりと『欠片を狙っている』発言をした旨を伝えた。全て話終えると、ローザは閉じていた目をゆっくりと開いた。「…欠片とやらについてはわかった。今後は私達も情報収集をしよう。」「!そうか…!」ぱあと顔が明るくなったバシリアに対して、ローザは鋭く睨みをきかせた。「ただ、2人をみすみす取り逃がした点については看過できないな。特殊兵士部隊長が聞いて呆れる。」「…すまない。それに関しては…何も言い返せない…。」「奴ら脅威だけでも排除できれば、今後動きやすくなるものを…。」「…」「奴らの後は追わなかったのか?」「部下に追わせたが、…見失ってしまった。」その言葉を聞き、ため息をつくローザ。「…悪いがバシリア。厳しいことを言うぞ。」「!」「あんなわけのわからない連中にかまけているから、こんな事態になるんじゃないのか。」「…!―――…今回の不手際については私の責任だ。彼女達は寧ろよくやってくれている。あの幹部2人だって、彼らのおかげでもしかしたら、という可能性もあった。」「どうだかな。」「…欠片の話はしただろう!もう少し彼女達を信用してやっても―――」「欠片の話が、奴らを信用することとなんの関係がある。…そもそも今回の捜索だって、その欠片は見つからなかったんだろう?お前は無駄足を踏まされただけだ。それが仕組まれたものである可能性だって否定はできないだろう。」「ローザ…!」「もういいだろう。疲れてるんだ。今日はこのくらいにしてくれ。」「…」そう言って部屋を追い出されたバシリア。「…なんでお前はそうやって…。」その小さな声は扉に遮られ、ローザの耳に届くことはなかった。
――――「あっ、ヴィマラ!」汗を流したチェリ達がいつもの会議室へ入ると、そこにはヴィマラ、サイ、ムダルの姿があった。「いないと思ったらこんなところに!」「サイ、ムダル、お疲れ~!」明るく声をかけるチェリ達とは対照的に、どこか浮かない表情をしているヴィマラ達。「どうしたんだよ?なんかあったか?」「…実は、」ヴィマラが何かを言いかけた時だった。再び扉が開いて、そこからバシリアが現れる。「呼んだか?」だが、立ちっぱなしの皆を見て、きょとんとした顔をする。全員が揃ったことを確認すると、ヴィマラは真剣な表情で皆に告げた。「皆さん、お話があります。…一先ず、お座りください。」
――――それぞれ着席すると、ヴィマラが重々しく口を開いた。「ネイラからの情報がありました。」「!」「ネイラってあの、悪党組織に密偵に入ってるって人?」「そうです。何か情報があれば、本部に常駐するバシリアの部下へ伝書を送るように伝えていました。…それが、どうやら数日前に届いていたようなのです。昨日、先に戻っていたサイとムダルが、その内容を確認しました。」「…それで?何が書かれていたんだ?」デジャからの問いに、ヴィマラは続けた。「…悪党達が、ここから南の森の奥深くにある、"イコッカ村"を襲撃する…と。」「!」その言葉に、皆が息を呑んだ。「…どうやら、過去に悪党組織を抜けた男性が、そこに潜んでいるとの情報を入手したらしく…。その男性は行方をくらます際に、欠片を一つ、持ち去っていたようなのです。」「…!」「かなり有力な情報のようで、襲撃に備えて、悪党側は人員集めをしている状況のようです。その組織を抜けたという男性を捕まえて、欠片の場所を聞き出すつもりなのでしょう。」「それってまさか…。」皆の頭の中に、ヒルデとスーシャの顔が過る。それを察したヴィマラが首を横に振る。「…どうやらあの2人では無いようです。流石に幹部を連れ出すほどの事態ではないとか。幹部の人間は基本的に、人前に出る仕事はしませんから。…ですが、組織の中でも手練れを用意するようです。少なくとも、戦闘に長けている"集団"を選出していると。」「…なるほどな…。」「…でもそれって、村の人達も巻き添えにするつもり…!?」「!」例え無関係であったとしても、もしかするとデジャの集落のように、村人達も巻き込まれて襲われてしまうかもしれない。ブローニャ、チェリ、ヘザーは心配そうにデジャの表情を窺った。「…食い止めるべきだ。」「!」デジャが顔を上げ、バシリアに問う。「そうだろう、バシリア。」バシリアは顎に手を当てて何やら思案していたが、顔を上げると、デジャの目をまっすぐと見ながら答えた。「当然だ。」そして皆を見渡す。「皆、協力してもらえるか。敵はおそらく、『神の力』を有しているだろう。」バシリアの言葉に、皆が同意を示す視線を返した。それを確認し、バシリアも頷く。「ヴィマラ、敵のおおよその人数はわかるか。」「いいえ。でも、10は越えるかと思います。下手したら20はいるかもしれません。」その言葉に、思わずチェリとヘザーが息を呑んだ。「決行日は?」「ネイラが手紙を送ってきた時点では、まだ人集めをしている状況でした。その情報が各人へ伝達し、集合して準備を整えてから村に向かうとして…少なく見積もっても、おそらくあと3~4日後かと。」「なるほどな…。どうやらすぐにでも出立する必要があるようだ。ここからだと――…そうだな、2日はかかるだろうからな。急がねばならんな。」そうしてマントを翻すと、バシリアは扉のノブを回し、皆に伝えた。「私は人集めと準備に取り掛かる。お前達も仕度をしておいてくれ。昼過ぎには馬舎前へ集合だ。いいな。」バシリアの言葉に皆頷いた。それを確認し、バシリアは部屋を出ていった。
――――「ふざけるな!私に奴らの手助けをしろというのか?」バシリアは、会議卓で打ち合わせをしていたローザの元を訪れ、協力を要請していた。拒否の姿勢を見せるローザに対し、バシリアはテーブルに両手をつき、身を乗り出すようにして詰め寄る。「聞いてくれ。どうやら悪党側が手配する輩が、相当腕の立つ奴等らしい。」「!」「村民保護のため、被害を抑えるためにも、協力してほしい。」「…」だが、バシリアの言葉にローザは目を細める。「その情報の信憑性は?」「例の、悪党組織に潜入しているという密偵からの情報だ。信じていいだろう。」「…はっ。どうだかな。」「なんだと?」ローザは立ち上がって歩き出す。「そのネイラとやら、今どこにいるんだ?」「…今は北西の山脈地帯に潜んでいるとか。」「そもそも、そいつがいるアジトを叩けばボロが出せる。違うのか。」「…お前も十分わかっているだろう。あの組織は一筋縄じゃいかない。アジトを一つ潰したところで、組織の壊滅には至らない。…前にも言ったように、ネイラが潜入しているチームは、複数ある上層部組織の中でも極一部だ。悪党組織の全容の解明に至っていない今、そこを叩くのはリスクが大きい。ネイラには、より上へと食い込んでもらわなきゃならない。」「…わかった。仮にその話については本当だとしよう。」その発言に、流石のバシリアも眉間に皺が寄る。そんなバシリアの隣に立ち、腕を組むローザ。「だがその"村の襲撃"というストーリーが、奴らの狂言だとしたら?」「!」「手薄になったここを敵が襲ってこないとも限らないだろう。もしくは、おびき寄せた私達を一網打尽にする気かもしれない。」「…ローザ…!」頑なに疑いの思考をやめないローザに対して、バシリアがついぞ我慢出来ずに名を呼ぶ。だが、ぐっと堪えると、バシリアは提案方法を変えた。「…でも、もし本当だとして…私達が手薄な戦力で挑んだ場合、村民や兵士の中から犠牲者が出るかもしれないんだぞ…!」「…」「お前は、村人達を見殺しにするのか!?救えたかもしれない命を、失う覚悟があるのか…!?」バシリアの、怒りの感情が混じった物言いに、ローザは静かに問いかける。「…それを言うなら、何かあった場合にお前は責任を取れるのか。」「勿論だ。私が責任を取る。」バシリアは断言した。「これは私個人からの頼みだ。今回の責任は全て、私にある。」「…どうして、そこまでしてあいつらを信用できる。」「彼女達が信頼に値する人間だからだ。」「…たった数日で何を…。」「なぁローザ、時間が無いんだ。お前と、お前の隊員の実力を見込んで頼んでる。…頼む!この通りだ…!!」そう言ってバシリアは深く頭を下げた。「…」

馬を急がせ、道を進む。馬車に揺られながら、チェリがぼそりと愚痴をこぼした。「ねぇ。私嫌なんだけど。あのオバサン!」それを、隣に座るブローニャが小声で制する。「こらチェリ!そういう風に言うもんじゃない!」「だって!」チェリの睨むような視線の先には、馬に乗ったローザの姿が。「仕方ないだろ、こっちも戦力が必要なんだから。」「やっぱり、なんだかんだ隊長やってるくらいだし、強いんじゃねぇの?…あたしも嫌だけど。」デジャとヘザーがフォローなのかそうじゃないかわからない言葉を投げる。「…でも、どうしてついてきてくれたんだろうな。」「まぁ村人が危機だっていうなら兵士としちゃあな。渋々じゃねぇの?」「なんかすごい疑いそうじゃない?」「確かに。『そんな話信じられるかー!』って言いそう。」そう言ってくすくすと笑い合っていた時だ。「なんだ、悪口か?」「!!」馬に乗ったバシリアがニヤニヤしたように馬車を覗き込んできた。やばっ!と顔をしたチェリとヘザーが、ジタを指差す。「ジタが言ってた!!」「ばッ…お前らこの野郎!!」それを見て思わず笑うバシリア。「あっはは!あいつには言わないでやるから安心しろ。実際、今回もかなり渋られたしな。」「…なんであんなに頑固なんだ、あいつは。」「まぁ…元々慎重で疑り深い性格ではあったんだがな。…昔、あいつが若い頃…情報屋と名乗る人物が協力を申し出てきたことがあったんだ。『悪党達のアジトを特定した』ってな。そいつに連れられて5人ほどのチームで森の奥へ向かったところ、敵の襲撃に会ってな。なんとかその場を収めたものの、仲間の兵士2人が殺されてしまった。」「…!」「だが、それとこれとは関係ない。過去に囚われて、目の前の真実を見極める努力を放棄するのは、部下を率いる隊長のすべきことじゃない。」あの優しいバシリアからは想像もつかないような厳しい言葉だった。同い年で、友人だからこそ出せる言葉だった。
――――そうして馬車を走らせること数時間。大人数での野営となった。年齢層が少し高めな男性の兵士達ばかりで、ブローニャ達は若干肩身の狭い思いをしながら食事を済ませ、早々に床についた。
――――翌朝。チェリは慣れない環境での野営で、少しばかり早く目が覚めてしまった。リフレッシュしようと、近くの川に顔を洗いに行った時だった。「げっ!!!」そこには、既に身支度を済ませたローザの姿があった。どうやら1人で朝稽古をしていたらしい。「…」はたと目が合ってしまい、気まずくなる。チェリは硬い動きで体を反転させると、「お邪魔しました~…。」と言って、そそくさと立ち去ろうとした。だが、その時。「待て。」「!?」思いもよらない制止の声に、びくりとその場で直立する。「お前にはずっと聞きたかったことがある。」「は!?な、なに!?」性悪隊長さんが私になんの用!?と勢いよく振り返った。凛とした顔の、鋭い目線がチェリを捕える。「お前の目的はなんだ。」「…は…?」そして見定めるように、チェリの頭から足の先まで眺めるローザ。「…そんな軽薄な様相で、おまけに女で、若い。常々疑問だったんだが、何故こんなところにいる。何故あいつらと行動を共にする。大人しく母国に帰った方が身のためだ。」本当にこいつは戦力になるのか?と疑問に思っているようだ。チェリの包み隠さないあっけらかんとした性格を見抜いているのだろう、最後の一言はある種の恩情のようにも聞こえた。だが、その言い方にカチンと来たチェリは、体ごと振り返ると、眉間に皺を寄せながら答える。「強くなるためよ!」「!」どこからともなく飛び出してきたナイフが宙を舞い、ローザの目の前で止まった。ローザはそれに対して動じることなく、冷静に呟く。「…『神の力』、か…。」「でも今は、どっちかというと皆のため!!」「!」そうしてナイフを自分の手元に呼び戻し、それをパシリと手に取った。「正直私も、ヴィマラ達の話の内容は信じ切れてない!…でも、似た何かが確かに過去に起こったこと、"欠片"が、悪党達の手に渡っちゃいけないものだってことだけは、確かなんだと思うし、信じてる!っていうかそもそも、それが真実かなのかどうこうよりも、 "欠片"のせいで、今も誰かが傷ついてたり、誰かが死んじゃったりしてるっていう、その事実の方が大事なんじゃないの!?少なくとも私はそう思ってる!!それを止めなきゃいけないと思うし、だからこそ私はここから引かないし、先に進むの!皆だってそうよ!!」そしてそこまで言うと一呼吸置き、少しトーンを落として続ける。「ヒルデとスーシャと会って、ヘザーが言ってた。『本当は皆に先に進んでほしくない』って。…私もそう思った。この先に進めば、ヒルデとスーシャみたいに、私達を本気で殺そうとする人達と、戦わなきゃいけない時が来るかもしれない。もしかしたらこの先、命の危険だってあるのかも知れないって。――…それでも、皆は先に進もうとしてるの!!悪党達と戦う覚悟を決めて!!…犠牲が増えないように、自分達みたいに辛い思いする人が増えないようにって、頑張ってるの!!そのために強くなろうとも努力してる!!そんな皆を私は守りたいし、手助けしたい!!」「…」本部に戻ってきたローザは、訓練場で稽古をするチェリ達の姿を見ていた。その時の必死な様子と、果敢に挑む姿勢を思い出す。「それから、この際だからこれだけは言いたいんだけど!!」タカが外れたのか、歯止めが利かなくなったチェリは、このまま言ってしまえ!と勢いのままローザに告げる。「ブローニャはね、私の『強くなりたい』って想いを汲んで、非力で弱気な、実戦経験なんてこれっぽっちもなかった子供の私を、旅のメンバーに選んで、こんなところまで連れてきてくれたの!それだけじゃない、旅の合間にも沢山助けてくれて、いろんなことを教えてくれた!私が『強くなりたい』っていう自分の目標を達成できるように、いっぱいサポートしてくれた!デジャとヘザーだってそうよ!!皆良い奴らなの!!それに、皆だってそれぞれ、自分の信念を抱えてここまで来てる!ヘザーはお姉さんの仇を、デジャは家族と仲間の仇を討つため、ヴィマラ達だって、本当は平凡に、自由に生きたいのに、それでも自分達の責務を全うしようってずっと頑張ってる!!ジタだって本当は関係ない筈なのに、私達のためにってついてきてくれてるの!!」チェリが想いを吐き出す様を、黙って見ているローザ。口を開けば悪態ばかりの彼女にしては意外な態度であったが、カッと熱くなったチェリはそれに気づかない。「確かにあなたからしたら、私達は得体の知れない人間かも知れない。でもね、そういう思いやりがあって、優しくて誠実な―――私の友人達を悪く言わないでッ!!」はーっはーっと息を切らしながら、チェリは全てを吐き出した。そして興奮冷めやらない様子で、ローザを見つめる。黙ったままじっとチェリを見るローザに薄気味悪くなったのか、一瞬息を呑むと、「失礼します!!!」と言い、ずんずんと足早にその場を立ち去った。「…」ローザはそれすらも、黙って見送ったのだった。―――そんな2人の会話を、陰でこっそりと聞いている人物がいた。「…」木の幹を背にしたブローニャは、チェリが先ほど放った言葉の数々を頭の中で反芻する。そして1人、嬉しそうに微笑むと、その場を立ち去るのだった。
――――チェリが別の場所で顔を洗ってからテントへ戻ると、何やらヘザーとデジャがにやにやした顔で待っていた。それを見て気味が悪いとたじろぐチェリ。「な…何よ。」ヘザーはチェリに近づくと、その肩に手を回した。「お前、あたし達のために啖呵切ってくれたんだって〜?」「!?」なんでそれを!?という顔をしていると、ブローニャがどこか申し訳なさそうに申し出た。「…すまん、私がたまたま遭遇してしまった。」「はあッ!?聞いてたの!?」「やるじゃないか、チェリ。」デジャも真っ赤になったチェリを見ながらにやにやする。「ありえないんだけど!!なんッ…馬鹿ぁ!!!」恥ずかしそうに怒るチェリに対して、ブローニャはふっと微笑んだ。「お前の思いは純粋に嬉しい。…ありがとな、チェリ。」「~~~~~!!」素直に感謝の気持ちを言われ、怒りの矛先がわからなくなるチェリ。「もう知らない!!」「あはは、怒んなって!」「うるさいッ!!」そうやってわいわいと笑顔で話すブローニャ達を遠目で見ながら、ローザは何事か考えているようだった。
――――何もない草原の道を暫く進んでいると、町が現れた。「ここで昼休憩にしよう。」バシリアがそう言って馬を止めると、各々町に出て散り散りになった。バシリアはローザを連れて、副隊長達と共にとある店に入った。「げっ!!」声のする方を見ると、ブローニャ達4人にジタを加えた一行が既に入店していた。「おぉ、お前達もここにしたのか。」「あぁ。旨そうだったからな。」チェリは気まずそうにメニュー表で顔を隠している。皆もそれを気にしていたが、当のローザはブローニャ達には目もくれず、冷静な態度で席についた。そんなことより、といった様子で、ローザは視線を周囲に移動させる。何やらローザ達の身なりを見て、一部の町民が挙動不審な様子を見せていた。「…」ローザと同じ卓に座ったバシリアもそれに気づき、訝しんでいた。「兵士さんがぞろぞろと、今日は何の御用で…?」そんな中、店主が恐る恐る話しかけてくる。それにバシリアが応えた。「なに、この先にある目的地まで移動中でな。単に昼飯を食いに来ただけだ。驚かせてしまったのならすまない。」その言葉にほっとした様子を見せる店主。「そうでしたか…。」すると、店主の妻だろう女性が、グラスに水を入れて運んできた。「こんな辺鄙な地域までわざわざご苦労様です。」「すまないな、ありがとう。」だが女性は、その場から立ち去らないどころか、身を乗り出して2人へ申し出をしてきた。「兵士さん達…税金、もう少しどうにかなりませんかね…?」それを店主が制止する。「おい、やめないか!す、すみませんね、うちのが…。」「こんなところまでわざわざ偉い人が来ることなんてないんだから、良い機会じゃない。」「だからって兵士の方にその話をするのは…。」夫婦が言い争っている間に、バシリアが口を挟んだ。「…税金は、我が国を運営するのに必要なものだ。申し訳ないが…」「それにしたって、4割は大きいんじゃないかと…。」「…4割…だと?」バシリアとローザが目を合わせた。「…王国民が国に納める税金は2割の筈だが…。」今度は老夫婦が目を合わせ、きょとんとした。「いや…間違いない、4割ですよ。」バシリア達の眉間に皺が寄る。そして、先ほど挙動の怪しかった男が、そそくさと立ち去る姿を2人は見逃さなかった。バシリアが目で合図をすると、副隊長は席を立ち、男の後を追うようにその場を立ち去った。そのことに、バシリア達の会話に聞き耳を立てていたブローニャ達も気づく。バシリアは夫婦に向き直ると、質問を投げかけた。「…昔からそうなのか?」「あ、いえ…3年くらい前からですかねぇ…。新しい町長さんが来た時に、国の運営悪化に伴って税率が上がったって話で…引き上げられたんですよ。」「…」「おまけにそれ以外にも、何かにつけては税を徴収するもんだから、正直なところ生活に困っていて…。」「…ただ、町長さんは悪い人じゃないんですよ。町政はきちっとやってくれてるし、優しくて人が良い。」「悪人はきっちり取り締まってくれるしな。…だから、町のためにもやむを得ないと思っていたんですが…。金のない世帯には厳しくて…。」バシリアとローザが互いに視線を送り合う。「ご婦人。すまないが、町長はどこに?」
――――「はっ…、はっ…!」男は必死になって走ると、とある建物に入り、豪快に扉を開けた。「!?おいおい、どうした。」「た…ッ、大変です、町長!!」「なんだ、そんなに急いで…。」「"特殊兵士部隊"が町に来ています!!」「?それがどうし―――」そこではっと気づいた。「町民が、税金の話をし出して…!」「…!!」それを聞くや否や、慌てて動き出し、棚の中を探り始めた。「ほッ…他の奴等にもすぐに伝えろ!!資料は燃やしてもいい!!」「はいッ!!」だがその時だった。「待ってください。」「!?」そこに、バシリアの副隊長が現れた。「特殊兵士部隊、3番隊副隊長のイアンです。突然ですみませんが、この町の帳簿を見せていただけませんか。」「…!!」男は咄嗟に、帳簿を手にしたまま窓から飛び出した。「!!」
――――庁舎に向かって駆けていたバシリア、ローザ、ブローニャ達が、窓から飛び出した男を目にする。「いたぞ!!」「!!」男はバシリア達の存在に気づくと、逆方向へと走り出した。そして―――「はあッ!?」男は素早く身軽に壁を伝い、するすると建物を登ると、そのまま屋根の上を走り出した。それを見上げるバシリア達の前に、突如として数人の男が現れる。屋根上の男を逃がすべく、その行く手を塞ぎに来たのだ。すると、ブローニャとデジャがバシリア達を追い抜き、立ちはだかる男達を倒して取り押さえた。「!」「行けッ!!」「…悪い!!」ブローニャ達の脇を走り抜けるバシリアとローザ達。「バシリア。」「!」ローザが走りながらバシリアに告げる。「私は奴を追う。お前は町長の方を。」「!…わかった。」そして、それぞれが別の方向へと駆けて行った。―――「…」ローザは、前方を走るチェリ、ヘザー、ジタを見る。「くっそ~~~!!足早ぇなあいつ!!当たりそうもねぇ!」走りながら弓矢を構えるヘザーだったが、不可能だと悟ると腕を下ろした。「チェリ、行けるか!?」代わりにと、振り返ってチェリに声をかける。「やってみる!!」そしてチェリはいつぞやのように、縄を括り付けたナイフを飛ばす。「!!?」男の前方に飛ばして一度怯ませると、そのまま勢いで体を縄でぐるぐる巻きにした。「…なんかあの時を思い出すな…。」ジタがぽつりと呟いた直後だった。男の体がぐらりと傾く。「!やばッ…!!」男はバランスを崩し、屋根の上から真っ逆さまに落下する。「うわああああッ!!!」「わわわわッ!!!この……ッッ!!!」チェリは立ち止まり、縄を握る手に力を籠める。更に、渾身の力を込めてナイフを上空に引き上げ、絡みつかせた縄で男の体重を支えようとする。「――…やべぇ…ッ…!!」ヘザーが、男の落ちる先に女性が立っていることに気づいた。「ジタ!!男は頼んだぞ!!」「クソッ…!!仕方ねぇ!!」そうしてヘザーとジタ、それぞれが全速力で走り出した。チェリの奮闘により若干減速はするものの、男の落下は免れない状況だった。その下で、ヘザーが女性の腕を引きながらその場を駆け抜けて行く。次にジタが男の落下予測地点へと辿り着いた。―――その時だった。「おい!」「!」呼びかけに振り返ると、どこから調達したのか、大きな布を手にしたローザが。ジタに向かってそれを差し出している。「これで少しはましだろう。」「…!」2人で両端を持ち、衝撃に備える。そして―――…「うおッ!!」ローザとジタが広げた布のおかげで、男は地面への激突を免れた。チェリの力による減速の効果も大きかったのだろう。受け止めた2人の負担も少なく済んだ。男は大きく下に沈み、跳ねた頃には落下した衝撃で気を失っていた。―――「うっわこれ絶対明日筋肉痛だな…。」受け止めた時に変な筋肉を使ったのだろう、体の節々を痛めるジタに対し、ローザは平然とした態度で男へ近寄る。そして、男の懐から帳簿を拾い上げると、ジタに振り返った。「…そもそもどうするつもりだったんだ。生身で受け止めるつもりだったのか?」「…うるせぇな…。なんも思いつかなかったんだよ!悪かったな!」「…」「だっ…、大丈夫!?」「よく間に合ったな!」慌てて駆け寄ってくるチェリとヘザー。だがチェリは、ハッと気づくと、気まずそうにローザから顔を反らした。「…ご、ごめんなさい、余計なことして…。」「…いや。よくやった。」「!!」ローザは冷めたような口調で一言だけそう告げると、帳簿を手にさっさと庁舎の方へと歩き出した。3人はその後姿を、暫くぼうっと見つめていた。
――――ローザと共に帳簿の中身を確認したバシリアが、真剣な眼差しで町長を問い詰める。「王国はこれほどの税の徴収はしていないはずだが?」そして町長は観念したように項垂れるのだった。
――――「…酷い話だな。」店に戻り、気を取り直して再び食事にありつく一行。ブローニャがぽつりと呟くと、ローザが淡々と答えた。「他人を蹴落とし、己の私服を肥やそうとする輩はどこにでもいる。」そしてバシリアが険しい顔で続けた。「…あの悪党達ばかりじゃない。表向きは良い顔をして、裏では非人道的なことをしているような"悪党紛い"の人間も、この世には数多くいる。悪党共のように表立って活動はしていないから、一見して無害に見えるのが…全くタチが悪いな。」そして何かを思い出したように続けた。「…悪党ではない、"良心的"とされる側の人間による悪意や悪行なんてのも、珍しい話じゃない。善寄りの悪や、無意識の悪なんてのもある。冤罪で人を捕まえる、罪のない人々を迫害する―――。…そうやって村八分にされた人々も、私達は見てきた。…だが彼らのことを、"悪党"と呼ぶことは無い。…おかしな話だがな。」「…そういう輩が、悪党達を生み出すんだ。」「…!」ローザの言葉に、ブローニャ達が顔を上げる。そしてバシリアもどこか寂しそうにつぶやいた。「…ああいう輩がいなくならない限り、悪党達のような人間は産まれ続けるだろうな。…どうにかならないものか…。」彼ら悪党を根絶やしにしたところで、この世に『悪意』がある限り、また次の悪党が生まれるのだろう。そうして解決策の見えない課題を胸に抱え、どこかしんみりとしながら食事にありつくのだった。


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