【24話】村防衛③ 決着


「…ねぇフィリス、あの子どこに行っちゃったのかな…。」フィリスとエスターはチェリを探して、村の中を彷徨っていた。「わかんないよ…、こっちの方だったと思うけど…。でもこういう時はあんまり、建物が密集してるところとか、死角の多い場所に行っちゃいけないって、ヘルにも言われたし…。」「そうだよね…。」「もう少し探して、いなかったら他のところ手伝いに行こう!」「うん。」そうして極力建物に近寄らないよう、2人で分担をしながら周囲を警戒していた時だった。遠くを見ていたエスターが何かに気づき、咄嗟にフィリスの手を取る。「フィリス!!なんか飛んできてるっ!!」「えっ…!?」エスターの視線の先を追うと、数本のナイフが宙を舞い、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。「わわわっ…!エスター、武器ちょうだいっ!!」「う、うんっ!!」エスターに増やしてもらった短剣を次々と飛ばすフィリス。その数本の短剣は、飛んでくるナイフを立て続けに弾き落としていった。「び、びっくりした…。」「フィリス、次も来るかもしれないよっ!!」「う、うんっ!」
――――「(あの力の対象って、人じゃなくてもいいの!?)」物陰から一連の流れを見ていたチェリが驚く。どうやら『自動追尾』の力は、人だけではなく、ナイフなどの物にも有効なようだ。とはいえ、予想できたことではあったので、すぐに冷静になる。「(…まぁ、そうそう簡単にいかないわよね…。)」その時、エスターの声が聞こえてきた。「あっ…あっちの方から来たよ!」「ほんと!?」その言葉に、咄嗟に物陰に隠れるチェリ。「(仕方ない…!次の作戦……―――!!)」そうしてチェリは次の行動を開始した。
――――「どっ、どこにいる!?」「わかんない…、もっと近づいて探してみないと―――」そうして、ナイフが飛び出してきた家の方向を探っていた時だった。「!!」「な…っ、何あれ!?」家と家の間の奥の道から、人の大きさはあろうという大きな長方形の木の板が、こちらに向かって迫ってくるのが見えた。その裏側には―――チェリが潜んでいた。板に短剣を突き立て、それを盾のようにしながら走ってきていた。先ほどバシリアと別れた後に、盾になるものを探していたチェリは、先日村の中を見て回った際、民家にこの板が立て掛けてあったのを思い出したのだ。おそらく扉などに活用するために加工したものだろう。「こ…っこの…っ!!」咄嗟にフィリスが多数の短剣を飛ばしてくる。真っ直ぐに飛んだそれは、飛ぶに従って一つに集約し、チェリの持つ板に次々と突き刺さっていった。「ぐぅ……っ!!」その重みと衝撃に耐えながらも、チェリは足を止めることはない。「わわわわっ!!」それでも向かってくるチェリに対し、フィリスは斜め前方向―――右と左の両方向に対し、ナイフを投げた。「!!」飛んでいったナイフは、途中からフィリスの力が有効になったためか、暫く直進した後、大きく弧を描くと、チェリの横方向へ向かって進んで行った。「(…なるほどね…!)」その戦法を仕掛けてくることは、チェリも予想していた。自分でもきっとそうする。とはいえ、木の板を持ったままこれを躱すのはチェリにとって至難の業だった。「(一先ずこれだけ近づけば…!!)」チェリは急に立ち止まると、飛んできたナイフを板で受けたり、しゃがむなどして次々と避けていく。バシリア達のように器用に武器で弾いたりなどは出来ないが、避けることくらいは出来る。「…!!」両側からほぼ同時に数本のナイフが到達したためか、対応しきれず、その内のいくつかが腕を掠めた。だが、今のチェリに躊躇している暇などなかった。急ぎ、手に持っていた板を倒すと、そこに刺さった短剣を抜きながら、立て続けにフィリス達に向かって飛ばしていく。「!!」そしてそれを追いかけるようにして、チェリは再び走り出した。「なっ…!!」戸惑うフィリスとエスターを見て、チェリの脳裏に先ほどのバシリアの言葉が蘇った。―――行動を開始しようと、バシリアが家の扉に手をかけた時だった。『それとチェリ、もう一つ助言だ。』『ん?』『お前の力の利点は、繰り出せるその手数の多さにある。見たところあの2人は、実践経験があまり無いようだ。その上、相手にするのは『神の力』を持たない人間達ばかりだろう。つまりは、無抵抗にも等しい人間たちだ。そんな彼女達からすれば、遠距離から予測不能な攻撃ができるお前の力は、十分脅威に値する筈だ。』『…うん。』『とにかく、焦らせて、調和を乱すことだ。そのためには、"休まず攻撃をし続けること" "不意をつくこと"だ。そうすれば、お前にもいくらか分があるだろう。』『…!』―――「(とにかく攻撃を仕掛ける!!)」チェリは2人の元へ走りながらも、その攻撃の手を休めることはない。予測不能な動きで、数本の短剣を様々な角度、方向から飛ばして攻撃を仕掛ける。「えっ、えっ…!ま、待って…!!」案の定フィリスは焦り出す。「ふっ…フィリス、落ち着いてっ…!!」チェリのナイフ1本に対し、1本だけではその動きを完全に無効化するのは困難だ。だからこそ、数本ずつ送り込まなければならない。それを対処しなければならない状況で、真っ向から来るチェリの突撃。飛んでくるナイフか、目の前に迫ってくるチェリか。だがどちらを優先にしても、リスクが付き纏う。それをわかっているからこそ、フィリスの頭の中には混乱が生じていた。「えー…と、あっちに何本、あっちに…ッ…ど、どうすれば、」「フィリスっ…!」焦りながらも、とにかく武器を飛ばして、飛ばして、飛ばしまくるフィリス。だがそれは、チェリにとっても都合が良かった。「(武器に困らないのはありがたいわね…ッ!!)」たとえ飛ばした武器が弾かれても、その大量の武器を使ってまた攻撃が出来る。その点についてはありがたかった。だが問題は、自分に向かって来た方のナイフ。チェリもチェリで視野を広くしながら、飛んでくるナイフに対し、姿勢を低くしたり、横にずれるなどして、躱しながら突き進む。転びそうになりながらも、ナイフが体を切り裂こうとも、足を動かし続ける。「(やってやる…!!やってやるわよッ!!)」数本のナイフが飛んできた。何とか避けようとするが、あまりの本数の多さに対応しきれず、1本がチェリの腕にナイフが突き刺さり、2本が脚と頬を掠った。だが。「(関係ないッ…!!!)」キッと顔を上げて、そのまま速度を落とすことなく、突撃するチェリ。「……ッ!!!」まさに猪突猛進、といったチェリの剣幕に圧され、フィリスに動揺が走った。その時だった。「―――いッ…!!!!」フィリスの攻撃をすり抜けてきたチェリのナイフが、フィリスの肩に突き刺さった「…!」その表情と声にチェリの胸が僅かに痛んだが、やむを得ない、と切り替える。そして、そのおかげて隙も出来た。「フィリス…ッ…!!」エスターが心配そうに触れる。その時だった。「!!」―――2人の元に、黒い影が落ちた。2人が見上げると、息を切らしたチェリが見下ろしながら佇み、ナイフを突きつけていた。そして、チェリが浮かせているのであろう、2人を取り囲むように大量の短剣がその刃先を向けていた。「降参しなさいッ!!降参したら、命だけは助けてあげるッ!!!」「……ッ…!!」そしてチェリは、ハッと思い出し、慌てて手を伸ばす。「そうだ!武器…!武器!!手元にある奴、全部こっちに寄越しなさいっ!!」慣れないことをしているせいか、情けない調子で脅しをかける。エスターが急いで、手元や周辺にある武器を遠くへ投げ捨てた。対してフィリスは、ナイフが刺さった肩口を押さえながら、痛そうに泣いていた。「ううっ……!うっ!痛いよぉ…っ!!」先ほどまで少し可哀想だと思っていたチェリだったが、それを見た瞬間、カッと頭に血が上った。「…あんたが今まで攻撃してきた相手は、皆その痛さ、味わって来たのよッ!!さっきの兵士だって、…私だって!!」「………ッ……!!」涙目でチェリを見上げるフィリス。「……自分がされて嫌なこと、人にやるんじゃないわよ…ッ!!もう二度と、力を悪いことに使わないでッ!!…そんなことしてたら…っあんた達は…、いつまで経っても幸せになんかなれないッ!!」チェリの言葉に、フィリスは大声で泣き出してしまった。エスターも泣きながら、その体を抱きしめた。そんな2人を見て、彼女達が戦闘意欲を失ったことを確認すると、チェリは力が抜けたように青空を見上げるのだった。

ヘルと対峙しながら、剣を構えるブローニャ。「(チェリもヘザーも…そしてデジャも、皆おそらく頑張っている。)」心配じゃないかと言われれば嘘になるが、皆がそれぞれ自分の出来ることを精一杯やっているのだろうと思えば、そんな不安も奥に押しやられた。「(ジタもオレリアも、サイもムダルも…皆だってそうだ。)」深呼吸をして、剣を握り直すブローニャ。「(…私も、ここで勝たなければならない。)」そしてじりじりと動きながら、両者仕掛けるタイミングを窺う。―――そして。どちらからともなく走り出して、剣を振るった。どちらも慎重な性格をしているせいか、まずは手を合わせてから相手の出方を窺うつもりのようだった。
――――「(この女…自らこの場を買って出ただけの実力は持ち合わせているようだが…。)」斬り合う中でヘルは、ブローニャの目の前で突然しゃがみ込み、低姿勢になった。「!!」ブローニャの視界から急に消えるヘル。ブローニャが視線を移した時には既に、ヘルは剣を振り抜いていた。「(さっきの女に比べて―――圧倒的に経験が浅い。)」ヘルの剣は、咄嗟に攻撃を防ごうとしたブローニャの腕を切り裂いた。「…!」追撃を免れるように、ブローニャは瞬時にヘルに対して剣を振るう。ヘルは若干反応が遅れるが、それでもまだ余裕ありげに避けると、一度距離を取った。少し息を乱しながら剣を構えるブローニャを見て、更に考える。「(おそらく私より歳下だろう。この年齢を考えれば、寧ろ良くやっているくらいだ。)」そしてブローニャに対して斜め方向に歩きながら見定める。ブローニャも目線でヘルを追う。「(…だが、あのプライドの高そうな女が、こんな小娘にこの場を預けたということは、理由がある筈…。)」そして先ほどの2人のやり取りを思い出す。「(やはり警戒すべきは、『神の力』か…。)」剣を構えて、走り出すヘル。「…!」それを見てブローニャも剣を握り直す。「(ここまで来て力の影響が確認できないということは、ライリやフィリスのように目視で発現するものでも、サンドラやグレンダのように接触した相手に作用させる力でもないってことか…?)」ヘルがブローニャに斬りかかる。ブローニャは咄嗟に避けるが、すぐに次の攻撃が迫っていた。ヘルの剣撃をなんとか自らの剣で防いで弾く。ヘルは休む暇など与えない、とばかりに更に仕掛ける。ヘルからの猛攻に、されるがままになるブローニャ。だが、その中でもわずかな隙が無いかと探る。暫く連撃を受けた後、ここだ、と見切りをつけたブローニャは、必死に攻撃を繰り出す。だがそれも、剣で抑えられ、見越して避けられてしまう。それどころか―――「!(まずい――…!)」ブローニャの動きを察知したヘルは、急遽予定していた動きを変更する。流れるまま体を回転させると、逆方向からブローニャを斬りにかかった。「……!!」ブローニャの腹部が横一文字に切り裂かれる。「(…浅いな。)」急な攻撃にもかかわらず、ブローニャは対応して回避行動に動いていた。直後、乱暴に振り回されたブローニャのお粗末な斬撃に、ヘルは再び距離を取り一度呼吸を整える。そして、腹部を押さえ、ダメージと疲労が蓄積しているブローニャの様子を確認する。「(ここに来ても"力"の発現は確認できない…。)」すぐに剣を目の前で構える。「(どうであれ、さっさとケリをつけた方が良さそうだな。)」
――――「(流石ローザが手こずった相手だ…。普通に攻撃をしても駄目だ。そして、時間をかければかけるほどこちらには不利…。)」自分にはローザほどの実力も判断力も、経験則も足りない。なんとかヘルの攻撃パターンや癖を見極めようとしたが、ヘルの予測不能な動きにそれは難しく、翻弄される一方だった。ブローニャは頭を回転させながら、どうすべきか思案していた。「(…奴の力はおそらく、敵対する相手の攻撃の、一手先が読める力…―――)」ヘルがこちらに向かって来ているのが見え、ブローニャも剣を構える。斬られた箇所がずきりと痛むが、気にしてはいられない。「(問題は、"確定した事象が見える"力なのか、"人の思考を基に軌跡を推測する"力なのかどうかだ。)」例えば、直前まで判断に迷った場合は?瞬時に判断を下したり、変更した場合は?「―――…」ヘルの攻撃を受けながら、先ほどまでの戦闘を思い出す。それを確かめようと何度も試みたが、ヘルの攻撃は素早く無駄がないために、いかんせんリスクが高い。そのため、踏み込んで検証することが出来なかった。となると、時間の猶予もあまりない状況で、次に打つべき手は一つしかなかった。「(『力』は慎重に使わなければならないと思っていたが―――…)」使いどころを見極めなければいけない。でなければ、逆に利用されて終わりだ。そう思い、見極めるまで使うのを躊躇っていた。とはいえ、このままでは何も出来ずに負けてしまうだろう。―――ならば…「(腹を決めないといけないということか。)」だが、僅かな希望として、先ほどの戦闘の中であった取っ掛かりを思い出す。ヘルの動きが鈍った瞬間。―――そして。「――……!」ブローニャは目をカッと開くと、激しい剣の交差の中で、とある一点を狙う。「(ここだッ!!)」「!?」ブローニャは、寸前まで自らの剣で受けようとしたヘルの攻撃を、瞬時にすり抜けさせた。ヘルの剣はブローニャの剣を透かし、それに伴いヘルの体勢が崩れる。ブローニャは、瞬発的な力のオンオフの切り替えにより、ヘルの虚を突いた。「(攻撃にはどうしても予備動作が入るため、悟られてしまう。だが、これなら―――…!)」傾くヘルの体を見て、チャンスとばかりに続けざま次の攻撃へ移る。だが、「!」ヘルは足を滑らせながら地にがっしりとつけると、柔軟な動きでブローニャからの攻撃を避けた。「……!!」ブローニャも折角の機会を逃すまいと、ヘルに追撃を入れる。が、ヘルは後方に飛び出しながらそれを避けて行った。地面に着地すると、手をつきながら後ろ方向へと足を滑らせていく。「……」冷静に対処したヘルを、ブローニャは悔しそうに見つめる。「(くそ…っ…!…だが、今のでわかった。)」これまでの攻撃の中で、ヘルの反応が若干遅れた個所があった。それは、ブローニャが脳ではなく体で反応し、直感で攻撃を仕掛けた時だった。―――先ほどブローニャの頭の中にあった、ヘルの力についての2択―――…"確定した事象が見える力"か、"人の思考を基に軌跡を推測する力"かの問い。「(つまりは、後者―――…!)」おそらくヘルの力は『未来予知』ではなく、『相手が想定した攻撃の思考を、軌跡として視ることが出来る』といったものなのだろう。だからこそ、思考を契機にしていない動作や、瞬時に変更された動作については、読むことができない。「(…これさえわかれば…―――!)」―――同じく相手の力が判明した者同士であったが、希望が開けたブローニャに対し、警戒を強めるヘル。「…お前の力…『物体をすり抜けさせる』力ってところか。」「…否定はしない。」相手に力の正体が知れてしまったというリスクを生み出したものの、今回ばかりはやむを得まい、と思うブローニャ。寧ろこれで、状況的には対等になったというわけだ。そしてブローニャは、ヘルに対策を考える隙を与えさせまいと、今度は自ら仕掛けていく。「……!」ヘルは、ブローニャの剣を咄嗟に自らの短剣で受けようとしたが、直前でそれをやめて、避ける。「(…くそ、こいつの力もなかなか厄介だな…。)」先ほどのブローニャの一手が、ヘルの思考を惑わせた。「(戦況によってすり抜けさせたり防いだり、自由自在ってことか…。しかもそれを瞬時に実行されれば、こちらの予測が間に合わない場合がある…。)」たとえ同じ動作であっても、剣をすり抜けさせるかそうでないかによって対応が変わってくる。瞬時に切り替えられてしまえば、事前に予測した思考が本当にそのまま実行されるのか、これでは最早わからない。ヘルは、自分の予測が信用できなくなりつつあった。「(なら…―――!)」剣を交える前に、仕掛けてしまえばいいだけのこと。ブローニャの攻撃を予測し、その間をすり抜けるように突きを食らわせる。「くっ……!!」ヘルの剣先はブローニャの脇腹を抉る。だが、攻撃直後は隙が出来るというもの。「!!」それに億することなくブローニャは、そのまま自らの体が切り裂かれても構わない、とばかりに前に出ると、ヘルに対し下から上へと剣を振るった。「…!!」のけぞりながら咄嗟に避けるも、ブローニャの剣先はヘルの肩口を切り裂いた。そのブローニャの勢いに、まずい、と思ったヘルは、ブローニャの次の攻撃動作を予測し、自らの剣で防御姿勢へと移行する。だが、「(どっちだ。)」それが止まるか、すり抜けるか。途端に不安になる。「(もしこのまますり抜ければ、斬られる。)」そう判断したヘルは、再び避けの選択を取った。飛んで、再び距離を取る。「(…しまった…。焦った…。)」ブローニャが勢いづく前にと仕掛けたが、先走り過ぎた、とヘルは反省する。思いのほか自分の息が上がっていることに気づく。「(…思っていたより、力に頼ってた部分が大きかったんだな…。)」それが通用しないかもしれない可能性が、確実にヘルを動揺させていた。そして、ヘルの不安は的中する。「!」ブローニャが目の前に迫り、剣を振りかぶっていた。ヘルはそれをギリギリで躱す。ブローニャは既に勢いづいていた。彼女達にとっては、『神の力』も含めて実力の内だ。遠慮なく力を行使できる今のブローニャは、本領発揮、という言葉が妥当な状態だった。「……ッ…!!」ヘルはブローニャの怒涛の攻撃に避けるしかなくなっていた。「(さっきまでと動きが違うぞ…ッ!!)」おそらくブローニャ側もヘルの動揺を感じ取ったのだろう。僅かでも優位に立てたことで、ブローニャの中で自信がついた。それが動きに反映しているのだ。ブローニャの怒涛の攻撃に回避が間に合わず、思わず剣を取り出すヘル。だが、「!!」ブローニャの剣はヘルの剣をすり抜け、ヘルの脚を切り裂いた。「……ッ…!!」ブローニャにとっては一度の攻撃に、常に二つの選択肢が存在していることになる。止めるか、すり抜けるか。そしてそれは、状況に応じた即時の判断により変異する。ブローニャは敢えてそれを、深く考えず突発的に、本能で、切り替えて対応するようにした。確かにローザと比べて経験値は少ないかもしれない。それでも、兵士として十数年身を費やしてきたブローニャだからこそ、それが出来た。ヘルは次々に体を切りつけられる。腕に、腹に、頬に。このままではまずいと、咄嗟に蹴りの動作を入れる。「!!」それは予想外だったのか、ブローニャの頬に直撃する。両者後方に飛び移り、距離を取った。2人とも荒い呼吸を繰り返しながら睨み合う。お互い、体のあちこちが斬られて血まみれだ。「…お前、まるでさっきとは違うな…。」ヘルの言葉に、ブローニャは口元から血を流しながら、真剣に答える。「…剣技については、まだまだ実力不足であるのは認める。―――だがこの力の使い方は…、誰よりも特訓してきた…!!」「…!」それはヘルにとっても同じことが言えた。鍛錬を積み重ね、自分のものにしてきた過去を思い出す。「…はっ…、…そりゃあ…間違いないな。」思わず笑みが零れたヘルに、ブローニャは目を丸くする。「…なぁ、お前…さっきいたガキ共は、お前の仲間か?」ヘルが突然、ブローニャに問いかけた。「…そうだ。」「……そうか。」その答えにどこか納得したようなヘルは、剣を握り直してブローニャに向き直った。「……悪いが、私も負けてはいられない。」「!」「……多分、…その根っこの理由は…―――お前と同じなんだろうな。」「……!」生まれも育ちも、立場も違う2人。だが戦いの節々で、お互いにどこか似た部分を感じていた。ブローニャは図らずとも、ヘルの動揺を打ち消してしまった。守るべきもの、果たすべきことのために、勝たなければならないことを思い出したのだ。「―――…」ブローニャもヘルの想いを受け止め、剣を握り直す。そして。再び走り出す2人。その動きは2人とも、先ほどまでとは違っていた。躊躇いが無く、迷いも不安もない。ブローニャもヘルも覚醒していた。とにかく勝つ―――その一心が、余計な思考を排除した。研ぎ澄まされた感覚の中、お互いに斬り合っていく両者。相手に一手取られても、躊躇わずにすぐに反撃をする。お互いに真剣だった。互いの剣先が肌を掠めていく。何度も何度も斬り合い、互いの血が宙を舞う。全ては仲間のため、そして自分の正義のために。ヘルは戦いながら、ふと思い出していた。「(――…初めはそれこそ、世のため人のためになるならと…訓練を積んでいた気がする。)」それがどうして、こうなってしまったのか。そんな風に思っていると―――…互いの攻撃が、同時に相手に通った。ブローニャの腹部にヘルの短剣が刺さり、ヘルの肩にはブローニャの剣が食い込んでいた。「――――…」両者共、はあはあと息を切らしながら、そこで動かなくなる。ブローニャがふら、とよろけると、短剣が体から抜け、剣は地面に落ちてカシャン、と音を鳴らした。崩れ落ちるように膝をつくブローニャと、力が抜けたように腕を下ろすヘル。ヘルも、2、3歩よろけた後、その場に尻からどさりと座り込んだ。「……ッ…」片手をつき、もう片方の手で出血する腹部を押さえて動かなくなるブローニャを見て、ヘルは何故だか戦闘意欲が消え失せた。先ほどまでの興奮が冷め、どっと疲労と痛みが押し寄せてきた。そしてヘルは、その場に仰向けに寝転んだ。それを見るブローニャ。「…全く…いつからこうなったんだろうな…。」「…!」我に返ったようなヘルのつぶやきに、ブローニャは顔色悪く、汗をかきながらも耳を傾ける。「…私も多分…。…最初は、…お前と同じだった。―――…道を、どこかで間違えた。」ブローニャがその言葉の続きを促す。「…一体、何があったんだ。」ブローニャの問いに、ふと思い出さないようにしていた過去を辿る。「……実力を買われて、用心棒に雇われて……。…正義のために、働いてた筈だ…。…それが、いつの間にか……」ヘルの脳裏に、血塗れで倒れる男の記憶が過る。「…最初は、騙されて……」怯える子供達の姿が過る。「人質を使って、脅されて……」火の燃え上がる家を見て絶望するヘル。「……弟や、妹達も失った……」人に追われ、身を隠す日々。「挙げ句、全部罪を擦り付けられて……追われて……」そして、ライリ達の顔が浮かぶ。「………あいつらに出会った。」「…」「……」ヘルは何故だか泣きたくなったが、でも涙が出なかった。胸の中はいっぱいだったにも拘らず。そんなヘルの想いを推し量ったブローニャは、想いをそのまま言葉に出す。「……まだだ。」「!」「諦めるには、まだ早い。」「…何が、…」そして、ヘルの目をまっすぐと見て、しっかりと、言葉を続けた。「まだ、これからだ。…お前達の人生は。」「…!」「…確かに、一度外れた道を戻るのは難しいだろう。…だが、戻らずとも…新たに道を作れば良いだけの話だと…私は思う。自分の納得の行く道を進むのが、一番だとも…。」「…」「…なんなら、私と一緒にワヘイの兵士でもやってみるか?」ブローニャの冗談とも取れない提案に、ヘルは思わず笑みをこぼした。「……はっ…」そうして2人の戦いは、静かに幕を閉じた。

森の奥にある広い草原で対峙する2人の人物。互いに迂回して歩きながら、相手の出方を窺う。「そういえば…本気でやりあったことなかったね、私達。」「…そうだな。訓練がてら手合わせしたことはあったが…。」デジャは懐から短剣を取り出すと、直線距離でライリに向かって走り出した。デジャからの真正面の攻撃を、自らの剣で受け止めてみせるライリ。ものともしない、とばかりに体をびくともさせず、その顔には笑みさえ浮かんでいる。それはどこか、この戦いを楽しんでいるようにも見えた。何度か剣を交えるものの、力を使うどころか反撃すらしないライリに、デジャが問いかける。「…舐めてるのか?」「だって。折角のこんな機会、堪能しないと勿体ないでしょ?」「……そうやって余裕こいてる間にやられても知らないぞ。」「…ふふ、出来るかなぁ、デジャに。」「―――…」その瞬間からデジャの猛攻が始まった。右、左、上、下―――方向や角度、タイミングを変えては、短剣で続けざまに攻撃を仕掛けていく。だがそれら全てを避けることなく、剣で受け止めるか弾いて、受け流していくライリ。「(――…流石、って言ったところか…!)」ライリは、デジャの素早い動きに次々と対応していく。「(…これでも私も、結構努力したんだがな――…!)」ライリはライリで、おそらく数多の死線をくぐり抜けて強くなったのだろうが、デジャの方も『悪党壊滅』を目標に、ひたすら訓練に明け暮れてきた。「(…それが、こいつはどれだけ―――…)」不意を突くため、体を翻して攻撃を仕掛け、瞬時にしゃがんで下から上へと繰り出すなど、あらゆる工夫を凝らして攻め立てる。だが、ライリはそれすら見逃すことなく、無駄なく反応していく。「(そもそもさっきのアレがあってのこれか…!?)」慣れないバシリア達との戦闘で、脳も体も、相当に疲労が溜まっている筈だ。それがどうしてここまで動ける。ここまで思考が回る?底知れないライリの力に、再びぞくりとデジャに悪寒が走る。一通りデジャの攻撃を受けて満足したのか、ライリは一度距離を取って、剣を構え直す。「―――…ねぇ。じゃあ本気出すよ。」「!!」今度はライリの方から仕掛けてくる。横一直線に繰り出された剣の一振りを避けるデジャ。ライリからの攻撃を、冷静に、淡々と対処していく。―――だが、「!!」攻撃を仕掛けようとした時、手にした短剣が宙に固まって動かなくなる。「くそッ…!!」やむを得ず手放しながら、向かって来ていたライリの攻撃を避けた。宣言通り、ライリは『神の力』を使い出したのだ。少し離れた場所から、ライリが問いかけてくる。「…ふふ、無駄だよ。"これ"がある私には勝てないよ、デジャ。どうする?降参する?……今なら、許してあげてもいいよ。」「…誰にものを言ってるんだ。」そう言ってデジャは手首を回したり曲げたりしながら、準備運動のような動きを見せた。「そうだな…。こうなったらもう、素手しかないな。」「え?」そう言って駆け出すデジャ。それを見たライリは、顔からふっと笑みを消して、剣を構える。「…舐めすぎだよ。」――――「(とにかくあの武器が厄介だ――…!)」ライリとの戦いにおいて大事なのは、とにかく武器を使わせないこと、デジャは捨て身の覚悟でライリへと突っ込む。「!」ライリの攻撃を避けながらもデジャは拳や蹴りを繰り出していく。
――――「(――…早い…!)」武器を所持している分、本来自分の方が有利である筈が、デジャのその身軽で素早い動きに翻弄されるライリ。他の人間であれば、おそらくもう勝負はついているだろうが、ライリの実力がそうはさせない。「(…デジャも…。)」努力したのかと思わせる、以前会った時よりも更に洗練されたその動きに、ライリの心が揺れる。会うことのなかったこの数年間は、大きい。「(暗くて、汚くて、辛いことばっかりの、あんな血なまぐさいところから逃げて…。どこに行ってたのか知らないけど…、あんな正義面した仲間とお友達なんか見つけてきて……。)」自分に食って掛かってくるデジャの顔を見ればわかる。この数年、自分の知らない場所で、知らない人と出会い、知らない人生を歩んできたデジャは…おそらく自分と違って、光を見つけて―――自分の知らないデジャになったのだ。「―――…っ……」その事実がライリの心を蝕んだ。自分とデジャでは、強くなるための理由も、そうなるための経緯も、違う。歩んできた道も。足を引っかけようと滑らせてくるデジャの脚を避けながら、ライリは先ほど固めたデジャの短剣を手に取ると、デジャに向かって放った。デジャはそれを避けつつ、尚も攻撃を仕掛けてきた。「……っ…!」デジャの猛攻に、ライリは集中力を高めると、ある一点に集中し、剣を振り払った。「…!!」ライリの剣は見事デジャに命中する。剣はデジャの脇腹を掠った。「……っ…!」デジャから飛び散った血を見たライリの動きが、思わず鈍る。「―――…?」デジャの脳裏に"ある"思考が過る。―――…まさか…。いやでも、そんなこと…。一瞬デジャも躊躇した。だがこのチャンスを逃す手は無いと、デジャは咄嗟に下から上へと回し蹴りをする。「!!」デジャの蹴りは見事、ライリの手の甲に当たり、ライリが手にしていた剣はライリの手を離れ、遠くへと落下した。2人とも息を切らしながら見つめ合い、屈んでいた姿勢を正す。ライリは手放した武器を見ることさえなく、デジャを見つめていた。「…そっか。忘れてたよ。デジャは体術の方が得意だもんね。」「…とぼけるな。」ライリがそんなことを忘れる筈がない。「!」「…集中しろよ。」「……」その言葉に、ライリの胸の中が何故だか詰まる。「……ッうるさいなぁ!!」そう言ってライリは丸腰でデジャの元へと走って向かって行った。「!」それが予想外だったデジャは、応戦しようと構えを取った。だが、その時だった。「(あれ…?)」ライリの脳と体に、どっと疲れが押し寄せる。「(なんで、急に…―――)」バシリア達との戦闘によって蓄積されたダメージと疲労に、体が悲鳴を上げ始めたのだ。デジャに会えた嬉しさで活性化し、保っていた脳の均衡は、精神の一瞬の揺らぎにより全て崩れさった。思えばライリにとって、あれほどまでに脳や体を酷使した戦いも、時間をかけて苦戦した戦いもなかった。「――――…」デジャも、ライリの様子のおかしさに気づいてはいたが、ここで躊躇うべきではないと自分を奮い立たせ、容赦なく攻撃をしていく。ライリも無理矢理体を動かしながら、デジャの攻撃に対処していく。だが、段々と体が思うように動かなくなる。そして、少しずつデジャの動きについていけなくなっていた。「ッ!!」そして、デジャの蹴りがライリの脇腹に当たる。「っ…」ライリの反応に一瞬怯んだデジャだったが、そのまま攻撃を仕掛ける。「――――…」必死な形相で、怒涛の攻撃を繰り返してくるデジャの姿が、先ほど自分を仕留めようとした隊長の女と重なる。ライリの心が乱れ、"不安"に蝕まれていく。「(―――…これ、負ける…?私が…?ここで?)」その一瞬過った思考が、ライリの中の全てを崩れさせた。「(私が―――…デジャに、殺される…?)」自分がデジャを"殺す"と宣言したから、デジャも自分を殺すつもりなのだろうか。向かってくるデジャの目を見て、喉がつかえるような感覚を覚えるライリ。そして戦いの最中、その想いが思わず口に出てしまった。「―――…ねぇ…。デジャ、本当に私のこと殺したいの…?」ライリの瞳の奥に、困惑の色が見えた。「……ッ……!」そんなライリの表情と言葉に、デジャも思わず動揺する。「……そんなに、私のこと……嫌い……?」少し泣きそうな顔をしてライリが呟くと、デジャはギリ、と奥歯を嚙み締めた。「……ッお前…ッ……散々…ッ!!…そうやって人を殺してきたんだろッ……!!」言いたくはない、でも言わなければいけないと、苦しそうな顔でそう言い放つデジャ。「……!!」そして目を見開いたライリに対し、デジャは絞り出すように想いを吐き出した。「……ッ平気で人を傷つける、……平気で人を殺す、……ッお前が嫌いだ……!!」「………!!」その言葉に、ライリはその場で立ち止まった。デジャも同じように動きを止めた。デジャはライリが傷つくだろうことをわかっていながら、その言葉を放った。その苦しい思いに堪えるように、拳を握り締め、唇をかみしめて。息を切らしながら固まる2人。だがその静寂を、ライリの涙声が切り裂いた。「……ッ好きでこんなになったんじゃないッ……!!!」「…!」はっとしてデジャが顔を上げると、ただの子供のように泣きじゃくるライリの姿が見えた。「私だって…ッ…初めから…ッ、こんなことしなくて済んだなら…、したくなかったッ!!!」その言葉に、デジャはごくりとつばを飲み込んだ。「言ったじゃんッッ!!皆だけなの!!私のこと受け入れてくれたの…ッ!!皆だけが、私のこと褒めてくれたッ!!」「……ッ…!!」その時、デジャの脳裏に、昔ライリと会ったばかりの時の記憶がよみがえる。―――デジャのチームとライリのチームが落ち合った廃村で、夜空を見上げながらライリとデジャが2人で話をしていた。ライリがぽつりと、昔の話をする。『…前いたところだと、何をしても怒られたし、煙たがられて…怖いことも、痛いことも、沢山されたから…。…味方なんて誰もいなかったの。……村の皆が、私を嫌ってた…。』『…そうか…。』『…でもね、ここだったら、頑張ったらその分褒めてもらえるの。…だから私、皆のために頑張る!』『…』デジャが何も言えずにいると、嬉しそうな顔でライリがデジャの手を取った。『私、デジャが初めての友達なの!…だから、会えてすごく嬉しい…!』―――――「―――…ッ…!」デジャの胸がいっぱいになり、何かがこみ上げてくる。目の前には、地面に座り込んでぼろぼろと泣き出すライリの姿があった。ライリは、溜め込んでいた全てを吐き出すように、地面に両手をつき呟く。「だって……っ…、ああやって生きるしかなかったのに……っ…、」そこまで言って呼吸を吸うと、叫ぶように放った。「デジャは…っ、私と同じだと思ってたのに…!!なんで1人だけいなくなっちゃうの!?…ッ私のこと…っ…置いて…ッ!!」「…っ…!」「…確かにあそこは、私の居場所だった。…ヘル達のことも好きで…―――でも…っ……」指を握り込むようにすると、土がガリガリと掻き寄せられた。そして静かに、呟くように、放った。「………デジャと一緒にいられるなら、…あんな場所………出たって良かった…っ…。」「…!」言いたいことを全て言えたのだろう、ライリは表情を消した。涙と言葉を出したことで、まっさらになった思考の中に、一つの記憶が浮かんでくる。「―――…デジャと一緒に見た…綺麗な夕陽が…ずっと忘れられなくて……、……そんな、ささやかなことで良かったのに………。……なんで、私………。」「………!」その言葉で、デジャもある日のことを思い出した。任務の褒美だと、珍しく菓子を買ってもらって、2人一緒に並んで座って、夕陽を見ながらそれを食べたのだ。その時だけは、過去も仕事も全て忘れて、2人でおしゃべりしながら楽しい時間を過ごしたのだった。「(――…あぁ、そうだったのか…。)」あの時目を輝かせていたライリは、本物だったのか。あの時、あの夕焼けが世界で一番綺麗だと思ったのは、私だけだと思った。「(………同じだったんだな…。)」同じ物を見ていたのに。同じように思っていたのに。それがいつから、違う物だと思うようになってしまったんだろう。ライリを化け物だなんだと、違う生き物を見るようになってしまったのか。生まれ育った場所と、あの血なまぐさい場所。そんな特殊な環境下でおかしくなっていただけで、目の前のこいつは、自分達と変わらない、ただの普通の少女だったのだ。誰しも人を傷つけ、殺したくなんかない。自分だってもしかしたら、ライリのようになっていたかもしれないのだ。「―――…」手を差し伸べてやればよかった。手を止めさせてやればよかった。見えない暗闇の中に、ライリだけ置いてきてしまった。―――…いや、そもそも―――…。デジャはゆっくりと歩き出すと、ライリの方へと向かって行った。そして、地面に手を付きながら泣くライリの前まで来ると、膝をついてその前にしゃがみ込んだ。「…ごめんな、ライリ。」ライリが顔を上げると、そこには泣きそうな顔をしているデジャの顔があった。「……私達は、…ちゃんと、話をするべきだったのかもしれないな…。」そう言ってデジャがライリに手を伸ばして、その体を抱きしめてやる。「……!」暫く思考が追い付かなかったライリだったが、そのデジャの温もりに現実であることを理解すると、おずおずと手を差し伸べる。デジャがその手を振り払わないことに気づくと、強く抱き締め返し、わんわんと泣き出したのだった。



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